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憲法改正で大災害時にも首相を選べる国会に

榊原智 (産経新聞 論説委員長)

大災害は、政治の空白時にも発生する場合があります。元日の夕方に起こった能登半島地震をみても分かるように、天変地異は人間の都合を一切考慮しません。また、人間が引き起こす戦争やテロなどの人為的災害は、日本政治の空白が引き金になる恐れさえあります。侵略国やテロリストが日本を攻撃する好機とみなすからです。自然由来の大災害からも、人為的な大災害からも日本を守り、国民を救うために、政治の空白はできるだけ早く解消しなければなりません。

さて、大正12年(1923年)9月1日の関東大震災の発災時に、日本に内閣総理大臣(首相)が不在だったことをご存じですか。

直前の8月24日に加藤友三郎首相が在職のまま、がんのため亡くなっていたからです。加藤内閣の内田康哉外相が内閣総理大臣臨時代理に就き、26日には全閣僚の辞表を奉呈していました。29日になって山本権兵衛元首相に大命降下がありましたが、震災当日は山本はまだ組閣の構想中で首相になっていませんでした。

発災時には、内田内閣総理大臣臨時代理らが職務執行内閣として政府を預かる立場にあったのです。翌9月2日の夜、東京・赤坂離宮の庭にある「萩の茶屋」で、ロウソクの明かりの下で親任式が行われ、山本内閣が発足しました。

ちなみに、当時の日本は、首相が欠ければ明治維新の元勲や重臣の協議を経て、天皇の大命降下によって次期首相候補が指名され、その人物の組閣構想がうまくまとまれば、親任式を経て新しい内閣が発足していました。また、関東大震災当時は大正天皇ご不例のため、皇太子だった後の昭和天皇が摂政を務めていらっしゃいました。

では今、日本の首相が欠ければどうなるでしょう。内閣法第9条によって、事前に指定された順位で、閣僚が内閣総理大臣臨時代理に就くことになっています。岸田文雄内閣では、第1位が林芳正官房長官、2位が高市早苗経済安全保障担当相、3位が鈴木俊一財務相、4位が河野太郎デジタル行政改革担当相、5位が新藤義孝経済財政担当相です。

ただし、内閣総理大臣臨時代理は名称通り、臨時の代理にすぎません。首相が亡くなったり、大きなけがを負ったり、行方不明になったりしたとしても内閣総理大臣臨時代理がいれば当座はしのげますが、長い期間大きな危機に政府が対処しなければならないときには、きちんと首相を選んだほうがよいに決まっています。国民に対する呼びかけ、外国との交渉、大きな政治決断、有事の場合は防衛のための戦い―いずれをとっても正当な手続きを経て決まった内閣総理大臣(首相)が、政府を動かす内閣の長であるべきです。

現代日本で首相不在の状況が生じれば、国会で首相の指名選挙(首班指名選挙)をしなければなりません。衆議院と参議院がそれぞれ実施し、結果が異なれば衆議院の議決を優先して次期首相が指名されます。この指名を受けた国会議員が宮中に参内し親任式に臨み、天皇陛下から任命されて初めて首相になるのです。首相が選ぶ閣僚候補は、天皇陛下によって国務大臣に任命され、その後、行政大臣として財務大臣、防衛大臣のような職に補されます。

もし、現代日本が関東大震災のような首相不在の状況になれば、国会を開いて首相を指名し、親任式を執り行って首相に就任してもらうことになります。

今、衆院の常設機関である衆院憲法審査会を中心に、憲法改正をめぐる議論が行われています。その中で、緊急事態条項の創設が取り上げられ、自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党といった憲法改正に前向きな政党(会派)は緊急事態条項創設の必要性で一致しています。

ただし、緊急事態条項の議論のうち、緊急時(非常時)には内閣が法律に代わって緊急政令を一時的に発する「緊急政令制度の導入」という重要課題もありますが、これには残念なことに公明党は後ろ向きです。

改憲に前向きな姿勢をとる各党でおおむね一致しているのは、「緊急時の国会議員の任期延長」です。衆院が解散されていたり、衆院選や参院選の選挙戦のさなかであっても大災害が起きて選挙が続けられなくなる可能性があるからです。

現に、東日本大震災の際には多くの地方選挙が延期になりました。これは法律で対応できましたが、国会議員の選挙が難しくなった場合に、それまでの議員の任期を臨時に延長することは憲法を改めることが必要です。

国会議員の任期延長(もちろん一時的な措置です)が可能になれば、欠けた首相を選びなおすことも可能です。任期延長という臨時措置を受けた国会議員に首相指名選挙に臨む資格があるのか―という議論はあり得ますが、首相不在のデメリットの方がはるかに大きいため、首相指名選挙の実施も認めるべきでしょう。緊急事態を乗り切って国政選挙を実施した後に、新しい国会議員が改めて首相指名選挙を行えばよいわけです。

ところが、参議院の一部には、緊急事態条項としての国会議員の任期延長に反対論があります。立憲民主党も権力の乱用を防ぐ観点から任期延長には問題があるという立場をとっています。現憲法が定める「緊急集会」で対応すればよいという意見のようです。

しかしこれらは、一人でも多くの国会議員の英知を結集して危機を乗り切る必要がある点や、参院の緊急集会は、衆院解散中でなければ開催できないため、衆院の任期満了で選挙になっている最中に緊急事態が発生しても緊急集会を開けない点への配慮がありません。現行憲法上、参院の緊急集会では首相指名選挙はできないというのが通説になっています。

関東大震災時の首相不在という出来事を思い出し、緊急時に国家と国民を救うべく対応する内閣を日本が持てるように憲法を改めることは大切な課題の一つであると思います。

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榊原 智(産経新聞 論説委員長)

◇◇榊原智氏の掲載済コラム◇◇
「『戦後平和主義』では平和を守れない」」【2023.11.28掲載】
◆「発想の転換なしには守れない-日本の安全保障」【2023.8.29掲載】
◆「岸田首相は核抑止重視する尹大統領を手本にせよ」【2023.5.9掲載】

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2024.02.13