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防衛力の抜本的強化こそが平和を守る道

榊原智 (産経新聞 論説委員長)

岸田文雄政権が「防衛力の抜本的な強化」へ動き出している。これに対して、好戦的だ、戦争したいのか、と懸念を覚えたり、批判したりするとしたら、大きな間違いだ。それとは真逆で、平和を守って戦争せずに済ませたいから、なのである。防衛力の抜本的強化を妨げれば、それだけ日本が侵略される恐れが格段に高まるのだと肝に銘じたい。

自民党の麻生太郎副総裁が8月31日、麻生派所属国会議員に対する講演で、次のように語った。

「我々の周りで、東シナ海、南シナ海、台湾海峡を含めてきな臭いにおいがしてきていることは間違いない。(略)少なくとも沖縄の与那国島にしても、(鹿児島県の)与論島にしても、台湾でドンパチ始まるということになったら戦闘区域外とは言い切れない。戦争が起きる可能性は十分に考えられるんだと思っています。防衛というものを真剣に頭に入れていってほしい」

同じ講演で麻生氏は、ロシアの侵略が始まった際、米政府がゼレンスキー・ウクライナ大統領に対して亡命のための輸送機の手配を打診したところ、「輸送機を回してくれるなら、戦闘機を回してくれ」と言って拒否したエピソードを紹介し、「アメリカはこれは全然違うということで、武器の供与に切り替えた」と指摘した。

ウクライナのリーダーの決然たる姿勢が、侵略者ロシアに抗戦するウクライナ軍と同国民を支える欧米の武器支援につながった、ということだ。

麻生氏が自派の国会議員のこのエピソードや、台湾有事の際に沖縄が戦場になる、つまりは日本有事になると指摘したのは、「現状に合わせて我々は外交、防衛を真剣に考えていかなければならない」(麻生氏)と考えたためだった。

場合によっては、日本が侵略される恐れがある点を頭に入れて政治家として国家国民のために働くよう促したということだ。

麻生氏は、「亡くなられた安倍晋三元首相ともども、いろいろ考えていった内容をぜひ頭に入れていただければと思う」とも語った。

麻生氏は、第2次以降の安倍政権から菅義偉政権で副総理兼財務相を務め、国家安全保障会議(NSC)の中核である4大臣会合に出席し続けてきた。その後、岸田政権では自民党副総裁になった。

文字通り、政府与党の中核だった麻生氏が示した危機感は極めて現実的なものである。それを安倍元首相とも共有していた、ということだ。亡くなる前の安倍元首相が「台湾有事は日本有事」と語って、警鐘を鳴らしていたことと符合する。

中国が台湾を攻めれば、ただちに日本有事に転嫁する、ということだ。これは台湾と南西諸島が地理的に極めて近く、現代戦では同じ戦域にならざるを得ないという点や、中国が日本固有の領土である尖閣諸島(沖縄県石垣市)を、中国領とみなしているが、それは中国領たる台湾省の付属諸島とみなしているから、という点に起因している。

尖閣諸島奪取が実現しなければ、中国の台湾併呑が完成しないという点は、極めて深刻な、構造的問題なのである。

麻生氏は、「抑止力について、頭を整理しておいてください」とも自派の議員に呼びかけた。

これは、日本の平和を守るためには、中国をして、台湾や日本に手出しをすれば失敗する、得策ではない、と判断させるための抑止力向上が急務であるという現状を反映している。国民に対して、抑止力の重要性を説き、抑止力向上を図る責務がある、と呼びかけたことになる。

抑止力向上にはいろいろな方策があるが、政府が6月に閣議決定した経済財政運営の指針「骨太の方針」が、「国家安全保障の最終的担保となる防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と明記したように、防衛力の充実が柱となる。

安全保障は、相手(敵性国家)の軍事力に備えなければ話にならない。日本がいくら防衛費を抑制しても、力の信奉者で専制国家の中国は少しも配慮してくれない。それどころか、好機とばかりに覇権主義的行動に出て、台湾有事と日本有事を惹起しかねない。

参院選で勝利した自民党は公約で、目指す防衛費を国内総生産(GDP)比2%以上としたが、2%であれば約11兆円になる。現在は補正予算を含め単年度で6兆円にすぎない。5兆円程度の増額に驚く向きがあるが、ウクライナ戦争を見れば分かるように、実際に戦争になったら財政支出はそんな程度では済まない。死傷者や民間資産の被害も多数に上る。

北大西洋条約機構(NATO)加盟国が早期達成を目指すGDP比2%は、主要な民主主義国にとって常識的な数字である。日本がこの程度さえ支出しなければ、日本をめぐる有事になったときに、米国や欧州各国は日本に本気で手を差し伸べるだろうか。財政的に苦しくない国はないが、それでも努力しているということだ。同盟国や仲間の国々の視線も日本は気にしなければ、責任ある国家とはみさなれないだろう。

「防衛力の抜本的強化」とそれを裏づける「防衛費の相当な増額」(岸田首相)は、平和を守るために欠かせない。それが分からなければ、抑止力は向上できず、日本が戦争をしかけられるリスクが高まる。その余波で、台湾の人々も傷つき、中国共産党政権の圧政に苦しむことになるだろう。

抑止力の向上を実現して平和を守り切れるか否か。日本人は歴史の分水嶺に立っている。

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榊原 智(産経新聞 論説委員長)

◇◇榊原智氏の掲載済コラム◇◇
◆「地下シェルターの整備を急いでほしい」【2022.5.24掲載】
◆「台湾からの非戦闘員退避活動(NEO)の準備が必要だ」【2022.2.1掲載】
◆「核兵器禁止条約は日本国民を守らない」【2021.11.2掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2022.09.06