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先見創意の会

現代の大岡裁き

中村十念 [(株)日本医療総合研究所 取締役社長]

1.オプジーボ訴訟の和解

がんの治療薬として高名なオプジーボを巡る訴訟の顛末は、次のように要約される。

(1)本庶佑氏(京都大学特別教授・2018年ノーベル生理学医学賞受賞)が2020年、小野薬品工業を債務不履行で訴え。訴因は特許使用料の配当金262億円の支払い。

(2)2021年11月12日、大阪地裁(谷有恒裁判長)で和解成立。和解内容は次の通り。
・本庶佑氏の解決金 50億円。
・小野薬品工業は京都大学に設立される「小野薬品・本庶記念研究基金」に230億円を寄付。
・オプジーボの特許使用料の料率は変更しない。

2.和解後の両者の反応

和解当事者の反応は、次のようなものであった。

(1)本庶氏は「企業から還付される資金や善意の寄付により、基礎研究を長期的展望で支持したい。若い研究者がチャレンジできる環境を用意していくことが国の成長に不可欠」とコメント。

(2)小野薬品工業の相良暁社長は「全面解決できたことを心から喜んでいる。これまでのことは水に流す気持ちだ」と表明。

3.米国訴訟の和解

オプジーボ訴訟の前触れとして、米国における訴訟(米国訴訟)がある。これを知っておくと全体像が掴みやすい。

(1) 小野薬品工業と米国BMSは特許侵害で米メルクを提訴。メルクが頭金6億2,500万ドル、ロイヤリティ(2017~23年 6.5%、2024~26年 2.5%)を支払うということで和解。なお特許の有効期限は2026年までである。

(2) オプジーボ訴訟の底流には、米国訴訟の和解金の配分がある。
小野薬品工業は1%を、本庶氏は40%を主張した。

4.大岡裁き

小野薬品工業と本庶氏のライセンス契約は2006年に遡る。オプジーボ販売開始は、その8年後の2014年である。その間両者の関係は決して平坦ではなかった。そして両者の主張には大きな隔たりがあった。
それを大阪地裁の谷有恒裁判長は、原告も被告も一定の満足を示すとともに、社会的な貢献が期待される和解を引き出した。
これぞ現代の大岡裁きではあるまいか。

日本の裁判所の体系は司法裁判所である。(憲法第76条)最高裁といえども、フランスやドイツにあるような憲法裁判所ではない。違憲裁判には慎重にならざるを得ない。そのような環境なので、日本では大岡裁きは判決ではなく和解にでるのではないかと考える。
多くの大岡裁きを期待したいが、和解はニュースになりにくく、国民にはその実態を知る手段が少ない。
オプジーボ訴訟でも谷裁判長の名を報じたマスコミは少なかった。

最高裁判事の国民審査という権利が、選挙民に付与されている。しかしこの権利行使に当たっては、判事に関する情報が余りにも少なく、実際はほぼ思考停止状態だ。民間ベースで名和解の事例が紹介されると、考える一助になるのは確かだ。

2021.12.28