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先見創意の会

タトゥー最高裁決定と医業独占

平沼直人 (弁護士・医学博士)

事件はどんな経過をたどったか

A氏は、独学でタトゥーの技術を習得し、タトゥーショップを営業していたところ、警察の摘発を受け、2015年8月に医師法違反で略式起訴され、翌月、罰金30万円の略式命令を受けたが、これを不服としたため、正式裁判となった。

第1審大阪地裁は、被告人(A氏)に対し、罰金15万円の判決を下したが、第2審大阪高裁は、タトゥーは医療目的で行われるものでないから、医師法違反にあたらないと判断して、一転、無罪判決を言い渡した。

これを受けて、最高裁判所第二小法廷は、2020年9月16日、タトゥーは医療と関連しないから、医師法違反にあたらないと判示して、検察官の上告を棄却し、被告人(A氏)の無罪がここに確定した。

医師法17条をどう読んだか

医師法17条は、こんな簡単な条文だ。
「医師でなければ、医業をなしてはならない。」
医師の医業独占と呼ばれる医師法の中核的な規定である。
そして、医師法17条に違反すれば、3年以下の懲役または/および100万円以下の罰金に処される(医師法31条1項1号)。

さて、上記「医業」とは、医行為を仕事とすることである。
では、「医行為」とは、何か。
「医師が行うのでなければ、保健衛生上、危害を生ずるおそれのある行為」と解するのが、行政すなわち厚生労働省の見解であり、警察・検察はじめ法律実務であった。

第1審大阪地裁も、この定義に従って、被告人(A氏)を有罪とした。
タトゥー施術には、感染などの危険性があり、保健衛生上の危害を生じるおそれがあると認定されている。

これに対して、最高裁は、次のように判断した。
「医師法17条にいう『医業』の内容となる医行為とは、医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいう。」(上記定義に下線部の文言が追加されている)
この点、タトゥー施術は、医療にも保健指導にも属さないから、医行為に該当せず、それゆえ、医師法17条にも違反しないこととなり、A氏の無罪が確定した。

タトゥー事件を掘り下げる

本件最高裁決定は、常識的で穏当な判断だと思う。
医師は、医学部でタトゥーなど習わないし、彫り師になる人もいない、と最高裁は言う。それは、そのとおりだろう。

では、医師法17条は医師の権益を確保するためのものなのだろうか。
わが国には、国民の生命・健康を包括的・全般的に保護するような法律は存在しない。
だから、医師法がその重要な役割の一端を担ってきたのだ。
本来、ひとさまのからだをまじまじと目にしたり、かすかでも触れたりすることは慎むべきことであり、まして他人の身体に侵襲を加えるなど畏れ多いことのはずである。
“汝、害すること勿れ”(Do no harm)といういわゆるヒポクラテスの誓いも、そうした含意を感じる。

近年、医師法17条は、暴力団取締りの道具として流用されているともいわれていた。警察は、彫り師である暴力団組員を逮捕したり、暴力団の資金源として注目してきた。とはいえ、これなど法本来の目的を逸脱するものに違いない。
また、彫り師には憲法22条に規定された職業選択の自由を保障しなければならないという観点も看過できない。
が、医師法17条が背負ってきた国民の生命・健康を守るという大きな役目を、ある日、突然に奪われてしまったようで、何か少し寂しくもあり、不安でもある。

〈参考文献〉
専門的には、最高裁の調査官が執筆した“調査官解説”と法律家の間で呼称される、法曹時報74巻6号1400-1442頁の本件判例解説を参照されたい。
医師法の役割など分かりやすく書いた私の『医師法入門』(2020年、公益財団法人労災保険情報センター)もご覧いただければ幸いである。

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平沼直人(弁護士・医学博士)

◇◇平沼直人氏の掲載済コラム◇◇
「悪」【2022.4.26掲載】
「医の倫理と法」【2022.4.7掲載】
「江戸三山」【2021.12.14掲載】
「日本版 ❝善きサマリア人法❞を!」【2021.10.7掲載】
「無」【2021.7.27掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2022.08.04