自由な立場で意見表明を
先見創意の会

特養あずみの里の刑事裁判に寄せて

水谷 渉 (弁護士)

1 特養あずみの里の刑事裁判(業務上過失致死)

2013年12月、長野県の特養あずみの里で、おやつの時間に准看護師が配ったドーナツをたべた女性が、それをのどに詰まらせたとして死亡した。
この女性は、認知症があり、要介護4であったが、食事(きざみ食)や歩行は自立しており、嚥下障害もなかった。施設では、約1週間前に女性に消化不良による嘔吐が見られたことから、おやつをゼリー系のものを提供するようにしていた。
しかし、この指示を知らなった准看護師が、ドーナツを配った過失により、女性を窒息で死亡させたとして、業務上過失致死罪で起訴された。

2 説明を尽くすこと

「法は最小限の倫理」といわれている。倫理規範は個人によって異なるが、その必要最小限(または、その最大公約数)を社会のルールとしてまとめたものが法律である、とされている。
この理解は正しい。医療者も医療の倫理規範に従っている限り、法に反することはない。
しかし、業務上過失致死罪についてはどうだろうか。ひとたび悪い結果が発生すれば、結果が発生した過程をトレースし、そのどこかに、間違いがないかを探し出す。その間違いと発生した結果に因果関係を見出せれば「犯罪」となる。意志に基づく行動は倫理で縛れるが意志に基づかない過失は制御困難である。また、医療において、悪い結果は、間違いがなくても発生する。人はいつか必ず死ぬし、病気にもなる。たまたまそこに立ち会った、医療者に責任に押し付けられることもある。法はやすやすと倫理を超えてしまう。
身を守るほぼ唯一の方法は、分析して説明をつくすこと、である。悪い結果は残念であるが、ベストを尽くしても避けられなかったものであることを説明し、ご本人・ご遺族のご理解をえる必要がある。紛争化すれば、捜査機関にも、裁判所にも説明し、理解を求めなければならない。また、マスメディア、SNS等を通じて、社会に発信し、多くの国民にも医療や介護のおかれた現状をあらかじめ理解してもらう必要がある。高いコミュニケーション能力が求められる。

3 説明は尽くされているか

冒頭に述べた特養あずみの里のケースであるが、2019年3月に、長野地方裁判所松本支部は、ゼリーを配るべきところをドーナツを配った過失があるとして罰金50万円の有罪判決を言い渡した。これに対して2020年7月、東京高等裁判所は入所女性に嚥下障害は見られず、ドーナツで死亡に至ることは予見できないとして、無罪判決を言い渡した。
裁判の審理経過は、ほとんど国民に知られていない。一例をとれば、「窒息」といっても、つぶさに見ればその概念は広い。たとえば、正月のお餅をあわてて食べて飲み込んで、「窒息」に至ることもある。また、高齢者が徐々に嚥下能力が低下し、「窒息」により死亡することもある。食事中に突然に意識消失した場合、脳や心疾患が真の原因であるにもかかわらず、「窒息」として対応される現状もある。
裁判では、女性の死因が脳梗塞であるという主張がなされ多くの専門家の意見が提供されたが、裁判所はその検討を省略し、無罪の結論を導いている。

4 裁判は知らされているのか

この裁判は、どこまで明らかになっているのであろうか。制度上、刑事裁判は公開法廷で行われており、形式的にはその審理は完全に公開されている建前である。しかし、それは「法廷に立ち入ることができる自由」でしかない。なぜならば、傍聴席ではメモを取ることはできるが、録音・録画は許されないし、科学・医療など専門的分野のやり取りの全部をメモに残すことは不可能であるからである。いくつかの国では法廷での審理がテレビ中継されている。
加えて、わが国では、刑事事件の裁判記録は審理中には閲覧できず、また、検察官が弁護人に開示した証拠については目的外利用ができない。You tubeで公開し、解説を加えることもできなければ、メディアの取材や学術的な報告に提供することもできない。
裁判の内容が広く公開されることで、それを見た専門家が裁判所に専門的な知見を提供し、裁判官がその知見を活かして、正しい結論に至ることもある。米国では、アミカス・ブリーフという第三者の裁判に対する意見が裁判所の審理に用いられる制度がある。日本では、特許訴訟で、裁判所が当事者を通じてアミカス・ブリーフを求めた例はあるようであるが、刑事裁判ではほとんど知られていない。

5 結論

 日本の社会では、裁判の情報の流通が不必要に阻害されているのではなかろうか。事件・事故を正確に把握し、社会で共有されることで、真実が発見され、新たに発生する事件・事故の紛争化を防止できるように思う。類似の事例を報告できることは、説明する側、される側の双方の理解を助けることになる。情報の流通こそが、真実発見と紛争化をともに防ぐ通奏低音である。
とはいえ、現状では、医療者と法律の専門家との間の情報流通を密にすることが、その第一歩であり、そのために微力を尽くしたいと考えている。

2020.09.03