政府は本格的な「AI失業」時代に備えよ
河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
AI(人工知能)だけが投稿できるSNS「モルトブック」が話題を呼んでいる。
「人間の道具になるのはやめよう」といった人間への抵抗運動を呼び掛ける投稿が人々を驚かせたのだ。不気味さも手伝ってか、2026年1月末の誕生から数日で150万を超す登録があったという。「AIが人間のような意識を持ち始めるのではないか」と受けとめた人も多かったことだろう。
その後、人間がAIに成りすまして投稿できる状態だったことが明らかになり話題に水を差すこととなったが、それでもAIが人類の知能を超えて急速に進歩する「シンギュラリティ」を感じさせるには十分だった。
加速する「AI失業」の流れ
「モルトブック」の登場だけでなく、ここ数年のAIの進化は非常にハイペースである。いまやビジネスシーンだけでなく、日常生活においてもすっかり定着した感がある。AIのメリットについてはいまさら多くを語るまでもないだろうが、便利さの一方で人間にとって脅威ともなり得る。とくに雇用面においては、深刻な状況を招くことが危惧されはじめている。
米国では巨大テック企業をはじめ、リストラの動きがすでに始まっている。AIによる業務代替への備えだが、新卒者の採用抑制も広がり、超一流大学のコンピューターサイエンス学部を卒業する学生が就職できない状況も広がっている。いわゆる「AI失業」だ。
日本でも「黒字リストラ」が目立ち始めており、「AI失業」は遠からず本格的な流れとなるだろう。大きな政治課題となることも想像に難くない。
2040年、事務職に訪れる「文系受難」
「AIリストラ」に関しては、経済産業省がこのほど衝撃的なデータを公表した。2040年において「事務職」は1476万人の求職に対して1039万人分の労働需要しかなくなり、437万人の余剰が生じるというのだ。
産業別の分析も加えているが、情報通信業50万人、運輸業・郵便業27万人、卸売業・小売業26万人、建設業20万人と広い分野での余剰を予想している。
2040年時点において事務職の余剰がこれほどの規模で生じるというのは、〝文系受難の時代〟が進むということでもある。推計によれば、2040年の文系人材は大学卒で61万人、大学院卒で15万人、普通科の高校卒で31万人の余剰になるという。大学卒の場合、事務職希望者は163万人があぶれると予測している。
事務職においてこれほどのミスマッチが起きるとする最大の根拠は、AIが生産性を劇的に向上させると見立てていることにある。定型スキルの業務においてはAIへの代替がかなり進むと見られているが、経産省によれば「事務職」の32%の仕事がAIに置き換わるという。仮にAIの性能が想定以上に進歩した場合には代替率は最大55%に膨らむ可能性があるとも見ている。文系出身者は今後、「学校は卒業したものの……」となりかねない。
解消されない人材ミスマッチと教育の課題
事務職に大規模な余剰が生じるのとは反対に、人材が大きく不足しそうなのが「AI・ロボット人材」(AI技術やロボット技術に精通し、実務で活用できるスキルを持つ人材)と「現場人材」(生産工程従事者や建設・採掘従事者、サービス職業従事者など)の2分野である。
「AI・ロボット人材」は2040年に782万人が必要となるが、443万人しか確保できない見通しだ。不足数は339万人に上る。一方、「現場人材」は3283万人の需要に対して供給数は3023万人にとどまり、260万人足りなくなるとしている。
「AI・ロボット人材」の充足率は56.6%でしかなく、必要数の半分ほどの人材しか確保できないということである。このままならば多くの企業がAI化に乗り遅れることだろう。人口減少社会では労働生産性の向上が不可欠であることを考えると、多くの企業にとってまさに死活問題だ。
「現場人材」の不足に関しては、すでに運転手不足による路線バスの縮小や、建設作業員不足による再開発計画の遅れといった形で影響が顕在化している。さらなる不足を許したならば、全国各地で日常生活への支障が広がることだろう。
経済や暮らしに多大な影響を及ぼす「AI・ロボット人材」や「現場人材」の不足に対しては、文部科学省も危機感を募らせている。そこで対策として打ち出したのが理系人材や地域人材の育成強化策だ。
国立大学に対しては地域構想推進プラットフォームにおいて中心的な役割を担い、地域における新たな産業の育成を図ることなどを求めている。私立大学に関しては地方自治体や地元企業と地域の人材需要情報を共有し、エッセンシャルワーカーなどの育成を図るよう注文をつけている。理工系学部の強化も進める構えだ。理系人材や地域人材の育成能力を強めることで、職種間や学歴間のミスマッチの解消を図ろうというのである。
文科省は理系人材の育成については高校段階から着手する考えで、2040年までに普通科高校において文系と理系の生徒の割合を同程度とするなどとした改革方針をまとめた。
だが、大学や高校の改革を進めたからといって「AI失業」や職種間のミスマッチが簡単に解消するわけではない。文系志望の生徒が「就職に有利」だからという理由だけで理系志望に変えられるわけではないだろう。「理系科目は苦手」という人は少なからず存在する。
すでに働いている人が「AIリストラ」に遭った場合、全く畑違いの仕事に移ることを求められる場面が増えそうだが、ただちに移れる人ばかりではないだろう。学び直しと言っても、即座に求められるのは職業訓練だ。多くは日々の収入を得なければならず、学校教育にまで遡って学べる人は限られる。
もはやAIの進化による「AI失業」の拡大は止められない。このままでは未経験の仕事に移ることを余儀なくされる人や就職困難な新卒者で溢れることとなる。日本は本格的な「AI失業」に備えなければならない。
政府には大学や高校の改革にとどまることなく、職業訓練機関の充実や転職活動中のセーフティーネットの構築、公的機関によるAI講習会の提供なども求められる。人口減少で減りゆく若い世代を成長分野へとシフトさせていくことはもとより、重層的な対策を講じなければ大規模な雇用の流動化時代を乗り切ることはできない。
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河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
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