医師の高齢化で診療所の倒産が急増
河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
2024年になって医療機関の倒産が跳ね上がった。
民間信用調査会社の帝国データバンクによれば、2024年に倒産や休廃業・解散した医療機関は前年比1・2倍増の786件だ。比較可能な2000年以降で最多である。
このうち倒産が64件(負債総額282億4200万円)である。これは、これまでで最も多かった2009年の52件を大きく上回る。2022年、2023年はいずれも41件だったので一挙に1.56倍だ。
近年の倒産件数を振り返ると、コロナ禍前の 2019 年に過去 3 番目となる 45 件を記録したが、2020 年はコロナ禍対策としての事業者への支援がなされて一息ついた。しかしながら、 翌2021 年からは再び増加に転じていた。
倒産件数を業態別にすると、一番多かったのは「診療所」の31件だ。「歯科医院」が27件、「病院」が6件だ。「診療所」と「歯科医院」は過去最多を更新しており、これらが全体を押し上げた。
倒産件数が急増した要因も分析しているが、最大の理由は「収入の減少」 (41 件)で、全体の 64.1%を占める。コロナ禍で感染回避のためにコロナ以外の患者の受診控えやが広がったことや、ワクチン接種を機にかかりつけ医を変更した患者が増えたことが背景にある。
こうした患者の行動変容に加えて、コロナ関連補助金の削減や、医薬品や検査キットなど医療資材価格の高騰が追い打ちをかけた。収入減少と支出増加が同時進行し、資金繰りが急速に悪化したということである。
786件のうちの残る722件が休廃業・解散だ。2023年の620件を上回って過去最多を記録した。ちなみに2004年の129件と比べ20年間で5.6倍である。
休廃業・解散の内訳をみると、「診療所」が587件と81.3%を占めている。「歯科医院」が118件、「病院」が17件だ。こちらも倒産件数と同じく「診療所」と「歯科医院」が過去最多を更新した。
倒産と休廃業・解散を合算すると、「診療所」が618件で最も多く、「歯科医院」145件、「病院」23件の順である。
休廃業・解散が急速な増加傾向となったのはなぜか。カギを握っているのは全体の約8割を占めている診療所だ。経営者が高齢化しているのである。
帝国データバンクの調査によれば、全国の診療所経営者のうち54.6%が70歳以上だという。歯科医院の25.6%と比較すると、診療所の深刻さが浮き彫りになる。診療所経営者の約半数が後継者を決め切れていないとの調査結果もある。
このまま推移すれば診療所の倒産件数はさらなる拡大が予想される。一般的に事業所というのは資金の余力が無くなると設備の更新ができなくなるだけでなく、従業員の給与が上がりづらくなって労働条件も悪化する。結果として退職者が増えてサービスの質が低下し、さらなる顧客の減少を招くという負のスパイラルに陥っていく。これは医療機関においても同じだ。
帝国データバンクは2025年も倒産件数は高水準で推移すると予測している。休廃業・解散についても「減少する要因は見当たらない」としており、倒産と休廃業・解散の合計数が「2026年には1000件に達する可能性が高まっている」と分析している。
倒産や休廃業・解散は中長期的にも続きそうである。厚生労働省が診療所の医師の年齢階級別分布をまとめているが、全国的にみると60代以上が53%である。50代は25%、40代は16%だ。
二次医療圏の人口規模別では、「5万人未満」の二次医療圏の診療所は60代以上の医師が62%を占める。「5万人以上10万人未満」は63%、「10万人以上20万人未満」も60%で、20万人未満の二次医療圏はいずれも6割台となっている。
倒産や休廃業・解散の件数を押し上げる要因は医師の高齢化だけではなく、さらに2つ挙げられる。
1つは、人口の少ない地方では地域住民の減少に伴って「患者不足」が深刻化する見通しとなっていることだ。マーケットの縮小であり、倒産の最大理由である「収入の減少」に拍車をかける。
もう1つは診療所同士の競争の激化である。厚生労働省のデータでは、診療所は2014年以降の10年間で4600施設ほど増えており、すでに競争が熾烈になっていることをうかがわせる。政府は医師の地域偏在対策として医学部の入学定員を大幅に増やしてきたことから今後の新規開業者の増加が予想され、競争はさらにエスカレートすることになりそうだ。
とりわけ「患者不足」が進み始めた地方では診療所間の患者の奪い合いが激化しそうだが、競り負ければ「収入の減少」はさらに厳しくなり経営を圧迫する。
これらの要因が絡み合ってうまく患者を集められなくなった高齢医師が事業の継続を断念し、診療所を畳んでしまうというケースが増えているものとみられる。
地方圏の場合、患者マーケット縮小ペースが速く状況は早期に悪化する。こうなると若い医師ほど将来不安が募り、診療所を新規開業するに際しては将来展望を描けない地方を避け、患者数の多い都市部を選ぶ傾向が強まりそうだ。すでにこうした動きは一部で見られる。
だが、新規開業が都市部に集中すれば、今度は都市部で診療所同士の患者争奪戦が激しくなる。厚労省は、診療科によっては東京都においても「医師余り=患者不足」に陥ると予想している。
こうした状況に対し、財務省の財政制度等審議会の分科会が2026年度の診療報酬改定を念頭に、診療所の過剰地域での新規開業については必要に応じて報酬を減らす仕組みの導入を提言した。
だが、この提言は医師不足に悩む地方圏の自治体の要望に応えたものであり、地方の患者不足による医療機関の収入減少への影響をどこまで織り込んでいるのか不透明である。医療機関が経営的に成り立つのかといった視点を抜きにして医師偏在の解消に走れば、医療機関の倒産や休廃業・解散の件数はさらに膨らむこととなるだろう。
地方圏における医療機関の倒産、休廃業・解散の背景には、少子高齢化と人口の地域偏在を伴いながら進む人口減少がある。医療機関は国民生活に欠かせない社会インフラではあり、この点を踏まえなければ医療提供体制は大きく崩れることになりかねない。
医師偏在の解消を図りつつも医療機関の経営の安定性の確保も求められるが、それには診療報酬の上乗せといった経済インセンティブだけでは不十分だ。同時に、地域ごとに人口集約を進めることが欠かせない。人々が集まり住めば、患者マーケットの縮小ペースを遅らせられるだけでなく、往診時間の短縮といった診療の効率化も実現できる。
医療機関の過当競争の回避策は、「現状の社会」ではなく「人口減少に耐え得る社会」を前提として考えることである。「人口減少に対応し得る医療政策」の実現に向けて何をすべきか。医療機関の倒産、休廃業・解散の跳ね上がりが内包するメッセージを正しく読み解くことがその第一歩となる。
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河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)
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