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訪日外国人の医療費未払いを防げ

楢原多計志 (福祉ジャーナリスト)

民間医療保険100%加入を 「外国人排斥」に繋がる恐れ

訪日外国人旅行者の増加に伴って医療機関で治療を受ける外国人が増えている。中には医療費を払わずに帰国してしまうケースが増え、医療機関を悩ませている。政府は治療費未払いの経験がある外国人の再入国を制限する方針だが、後手に回ると、「外国人排斥」の理由付けに繋がりかねない。

▽病院2割で未払い

政府観光局によると、ことし8月の訪日外国人数(推計値)は約342万8000人。その多くが旅行者だ。

だが、観光地を抱える地域の病院や診療所の経営者は訪日外国人の急増を必ずしも喜んでいないようだ。

東京都内の私立大学附属病院の事務長は「インバウンドが増えて日本に外貨が落ちるのは日本経済にとって1つの朗報かもしれないが、我々には恩恵どころか、医療費の持ち出しになることさえある」と複雑な心境を漏らした。突然、受診に訪れた訪日外国人が医療費を払わないまま姿を消し、未払いになってしまうケースが後を絶たないためだ。

厚生労働省の23年外国人患者(在留外国人患者含む)の受け入れ実態調査(23年9月時点、5184病院回答、昨年6月公開)によると、外国人患者を受け入れた実績のある病院は2813施設で全体の54.3%を占めた。半数以上が外国人を受け入れていた。

大きな問題は、受け入れた病院の516施設(18.3%)で未納金が発生していたことだ。1病院当たりの未収金の発生件数は平均3.9件。総額金額は平均49万6千円。患者1人当たりでは「1万円以下」が最も多かったが、「500万円超」と回答した病院が10施設もあった。

(注)病院と同時に、京都府と沖縄県の診療所でも同様の調査が行われたが、限定的な調査のため割愛した。

▽値引きを要求

なぜ、訪日外国人の医療費未払いが起こるのか。悪意や故意によるものは論外だか、大きな原因は日本の医療保険制度を理解していないことだ─という指摘がある。国民健康保険などの公的医療保険に加入していれば、加入者は患者負担で医療が受けられる。未加入者(滞納者も)の場合、原則、自由診療となり、全額患者負担になる。

前述の事務長は「声高に『高すぎる』と値引きを要求し、断ると、激怒して会計窓口を通り抜けて行った外国人旅行者もいた」と話した。

また言語の違いからコミュニケーションが取れないケースもあるという。事務長は「うちでは事務室やナースセンターに英語や中国語、韓国語が喋れるスタッフを配置しているが、他の言語には対処できない」と多言語の対応マニュアルや通訳業務への補助金が必要だという。

東京都のように外国人医療費が未払いになった場合、医療機関に補助金を出している自治体があるが、不法入国やオーバーステイなどの外国人に限られ、旅行や出張の外国人には適用されない。インバウンドの未払いは医療機関の損失になっているのが実情だ。

▽入国制限強化で済む問題か

ことし6月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太方針2025)を閣議決定した。その中で「外国人との秩序ある共生社会の実現」を掲げ、外国人が医療費を払わなかったり、社会保険料を納付しなかったりした情報があった場合、入国を制限したり、(在日外国人の)在留資格の審査を厳しくする方針を盛り込んだ。

具体的には、厚労省情報をベースにして過去に医療費を支払わなかったことがある外国人旅行者について出入国在留管理庁が入国を拒否したり、滞在期間を短縮したりできるようにする。

政府はインバウンドの増加を国の政策として促進しているが、対策は後手に回っている。例えば、外国人旅行者にとって急病やけがにスムーズに対応してくれる医療機関を探すのは楽ではない。団体旅行ならば、日本語のできるツアーガイドなどに頼ることができるが、家族旅行や個人旅行の外国人を受け入れてくれる医療機関はそう多くはない。受け入れ可能な医療機関を増やす必要がある。

現在、厚労省は日本語、英語、中国語、韓国語の4カ国に対応できる医療機関を認証してリストアップして公開しているが、家族や個人で訪れている外国人の間では余り知られていないのが実態だ。

また民間保険の加入を促している。国土交通省観光庁の23年調査(5空港実施・3069人回答)によると、今回の訪日旅行にあたって「民間医療保険に加入した」と回答した割合は72.6%、未加入が27.4%だった。未加入の理由として「滞在日数が短い」「体力・健康に自信がある」「日本は安全だから」などが上位を占めた。

ことし6月、自民党の観光立国調査会などはが政府に訪日外国人に民間医療保険への加入を義務付けるよう緊急決議した。外国人が安心して日本観光を楽しめるためにも民間医療保険100%加入を義務化すべきだろう。

いま、危惧される風潮がみられる。SNSなどで一方的に外国人を非難する言動が目立ち始めている。ナショナリズムに起因するものかどうか不明だが、偏見や曲解だと思われる支離滅裂な主張が少なくない。

「在留外国人(実際には●●人と決め付けている)はほとんど健康保険に加入していない」「働きもせず、生活保護を受けている」「難民を装って移民になろうとしている」など…。

訪日外国人医療費未払い問題をこのまま放置していると、外国人排斥主義を助長し、日本の国益を損なうことにもなりかねない。

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楢原多計志(福祉ジャーナリスト)

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2025.09.23