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“直美”の増加、どうする

楢原多計志 (福祉ジャーナリスト)

医学部卒業後の初期研修を修了して直ぐ美容医療業界に入る「直美」が増えている。厚生労働省は「医師偏在是正の観点からも(何らかの対策を)検討する必要がある」と不快感を隠さないが、なぜ、若い医師が美容医療業界に向かうのか、どう対処すべきなのか、ちゃんと考えてないとマズイことになる。

▽年間200人増

直美が増えると、地域医療崩壊が始まる─。12月13日、国立大学病院長会議の大鳥精司会長(千葉大学医学部付属病院長)は会議後の記者会見で危機感を露わにした。 

この日の会議では、ことし4月から始まった医師の働き方改革や医師地域派遣の状況が報告された。働き方改革によって地域への医師派遣に支障が出ることが懸念されたが、かろうじて前年度と同じ水準が維持されたという。

大鳥会長は直美について「いまは大学に医師が集まっているためであり、直美が増えだすと、(研修を終えた医師が大学に残らず)確実に医療崩壊が始まると言っても過言ではない」と言い切った。

厚労省が3年に一度、掲げている診療科を調べて結果を公表している医療施設調査。2024年版によると、昨年10月時点で、美容外科の診療所は2016施設で3年間に612施設も増えた。増加率43.6%は断トツ。背景には美容医療に対する国民のニーズの高まりがあるという。

ニーズが高まれば、当然、美容外科医を志す医師も増える。医療業界情報紙によると、ここ数年をみると、毎年、約150~200人が直美だという。また厚労省の医師・歯科医・薬剤師統計の最近版をみると、美容外科医は2004年から22年間で約3.5倍も増えている。

▽コスパのいい職場

なぜ、美容外科医を選ぶのか。いくつかの理由が挙げられている。最も大きな理由に挙げられているのが、高い給料だ。大都市に集中する美容外科は常に人材不足の状態にある。業界情報誌によれば、直美でも年収800~1000万円、激戦地域では2000万円出すクリニックもあるというから驚きだ。

一方、国公立病院では、初期研修修了直後の医師の場合、500~700万円程度。近くの医療施設でアルバイトしないと、奨学金の返済もままならない」と嘆く医師が少なくないという。

次に挙げられているのが、若い医師の強い大都市志向だ。今の専門医制度では専門医の資格を取得するには3~4年間の研修プログラムが課せられているが、研修先が大都市に集中しないよう大都市部では専門科ごとに定員に上限が設定されている。これが嫌われている。要は、地方や辺地に行きたくない(居たくない)のだ。

それに美容外科は入院施設がなく、当直して救急搬送の患者を診る必要がない。このご時世、「大都市にあり、高ギャラ・当直ナシのコスパのいい職場」として選ぶ若い医師が一定数いても不思議ではない。「タワーマンションに高級外車」。そんなイメージか。

▽形成外科の知識と技量を

だが、美容医療には以前から多くの問題が指摘されていた。ことし11月、厚労省の「美容医療の適正な実施に関する検討会」が報告書をまとめた。

現状と課題として書き込まれた事項をみると、「自由診療のため保険診療と比べ審査や指導、監査などの範囲が限定的だ(だから保健所の立ち入りが難しい)」「医師の知識、技能、経験不足が起因する健康被害が生じている」「無資格者の医療行為もみられ、診療録の記載が不十分な施設が見つかった」などと、もうボロカスだ。美容外科に通っている患者が報告書を読んだら恐怖を覚えるだろう。

ところが、こんなひどい状態を列記したにもかかわらず、対策は「美容医療を行う医療機関同の報告・公表の仕組みを導入」「関係学会によるガイドライン策定」の2つが柱だ。行政が介入しやすくする一方、業界に自主規制を促すことで済ませるらしい。

これに「診療録等の記載の徹底」や「行政等(テレビや新聞などのマスコミも入るらしい)による周知・広報を通じて国民の理解の促進等」などが書き込まれた。マジか?美容外科クリニックの経営者は園児か児童?これで全面解決するのか。
まず実態を調べ,医療の現場で何が行われているのかしっかり把握すべきではないか。相談救済システムも必要だ。当事者である美容外科クリニックの自主的な報告で解決する話ではない。どうも「自由診療だから余り関与できない(関与したくない)」という腰が引けている姿勢が見え見えだ。保険医療でも、自由診療でも、医療は医療だろう。

「直美の若い医師には感染症や合併症などの知識や技量が足りない」という指摘がある。それなら美容外科医に形成外科(皮膚科でもいい)の基本的な知識や技術を学ぶ機会を与えたり、将来的に形成外科医専門医資格の取得を義務付けたりして美容医療の質を高める施策が不可欠だ。

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楢原多計志(福祉ジャーナリスト)

◇◇楢原多計志氏の掲載済コラム◇◇
「性善説で儲ける機能性表示食品」【2024.9.17掲載】
「抗菌薬不足」【2024.6.18掲載】
「看護師特定行為研修 努力と経験に見合う待遇を」【2024.3.19掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2024.12.24