サステナビリティ(持続可能性)こそが成長戦略の源泉
岡野寿彦 (大阪経済法科大学 経営学部 教授)
本年3月末でNTTデータグループを卒業し、大阪の大学(経営学部)の教員として転身しました。1986年に民営化後の第2期生として日本電信電話(NTT)に入社して以来、NTTデータ(1988年~) → NTTデータ経営研究所(2016年~)と、40年にわたり学び・成長と生計の機会をいただいたことに、心から感謝申し上げます。
2020年3月に先見創意の会でコラム執筆の機会をいただいてから5年になりますが、これまでの「デジタル×中国」に加えて、経営学・企業経営の視点からも寄稿して参りたく、引き続きのご関心・ご指導を賜れますようお願い申し上げます。
企業経営とCSR(企業の社会的責任)
「社会に必要とされる存在でありたい」――この理念を企業が経営戦略の中核に据える時代が到来している。この4月から経営学の教育・研究に取り組む中で、強く感じていることだ。
環境問題への対応にとどまらず、安心・安全、高齢化、過疎化、移動弱者、子育て、健康といった多様な社会課題に取り組むことこそが、企業のサステナビリティ(持続可能性)であり、同時に新たな成長の起点となっている。企業経営と社会課題の解決が重なり合う今日、CSR(企業の社会的責任)は「共感」に根ざした戦略へと深化しつつある。
(1)CSRは“共感資本”の時代へ
CSR(Corporate Social Responsibility)という概念は、当初は主に環境対策や法令順守といった「責任ある行動」としての位置づけが中心だった。しかし、近年においてはその様相が一変している。消費者や市民の意識が進化し、企業が「何を売るか」ではなく、「なぜそれを行うのか」「社会にどう貢献しているのか」に関心を寄せるようになってきている。
実際に、フェアトレード商品、脱プラスチック製品、働きがいのある職場環境など、企業の取組に対して「共感」することが、消費者の購買行動や支持につながる傾向が強まっている。企業にとってCSRは、もはや「社会へのお返し」ではなく、「共感という新たな資本(共感資本)」を獲得するための戦略的要素と化しているのである。
この動向は国際的にも顕著である。ESG(環境・社会・ガバナンス)指標が投資判断の主要な要素となり、企業評価の軸そのものが変わってきている。社会的価値と経済的価値の両立が、企業の持続的成長を支える不可欠な土台となりつつあるのだ。
(2)自動車業界のCASEに見る“広義のサステナビリティ”
自動車業界におけるCASE(Connected・Autonomous・Shared & Services・Electric)は、しばしば「次世代モビリティ技術」の象徴として語られるが、それは技術革新にとどまる話ではない。
たとえば、自動運転技術は「高齢者や障がい者の移動を支援する」、電動化は「脱炭素社会の構築に貢献する」、カーシェアリングは「車を所有しない人々にも移動の自由を提供する」といったように、いずれも広義のサステナビリティに深く関わっている。移動にまつわる社会的課題の解決が、まさに企業の戦略の中核となっているのである。
トヨタ、ホンダ、テスラ、BYDといった企業は、CASEを通じて、単なるプロダクトの高度化ではなく、「誰ひとり取り残さない社会の実現」という価値の創造に取り組んでいる。社会課題に応えることこそが、信頼を獲得し、持続的成長を支えるブランド力を形成する鍵となる。
このように、技術を手段として、「社会のニーズにどう応えるか」という問いにこそ、真の競争優位が宿るという認識が広がっている。
(3)産学連携と地域のサステナビリティ
近年、大学と企業の連携による「産学協働」が活発化している。とりわけ注目されているのが、「地域活性化」をテーマとする協業である。背景には、地場企業の経営環境の不安定性、人口減少、若者の流出といった地域社会の持続可能性に関わる深刻な課題がある。
このような課題に対し、大学は若者の柔軟な創造力や研究知見を、企業は技術力と実行力を提供し合いながら、「地域資源の再発見と活用」を通じて未来を構想する。たとえば、地域に根ざした農業の6次産業化、伝統文化と観光の融合、ICTを活用した遠隔医療や教育支援といったプロジェクトが進行中である。
ある通信企業は、過疎地に5Gインフラを先行展開し、地域医療・教育・観光に貢献するソリューションを統合的に提供している。こうした
「地域共創」の姿勢は、企業にとっては信頼と市場の開拓、地域にとっては自律的発展への第一歩となっている。
地域課題の解決は、決して「地方だけの問題」ではない。それは、「限られた資源で、いかに持続可能な社会を築くか」という共通課題に対するチャレンジであり、その成果は全国、さらには国際的にも共有されうるものだ。
(4)社会課題こそが成長戦略の起点である
本稿で述べてきたように、サステナビリティは、もはや「社会貢献」や「善意」によって行われる活動ではなくなっている。具体的な社会課題に応え、持続可能な仕組みを設計・運用することが、企業の競争力と存在意義の中心に据えられている。多様化、高齢化、気候変動、地方の衰退といった構造的な課題は、従来のビジネスモデルや経営手法では対応しきれない。したがって、社会課題を「制約」ではなく「成長の契機」として捉え、共感と協働を通じた革新を志向することが求められるのである。
そして、医療界はまさにサステナビリティの最前線に立っている。人の命を守るという崇高な使命を果たしながら、同時に社会の持続可能性に貢献する立場にある。医療従事者の過重労働、地域医療の空洞化など直面する課題は少なくないが、“成長産業”の証だとも言える。サステナビリティに向けた企業経営における試行錯誤(戦略と最新動向)を素材として、引き続き本コラムで紹介・提言をさせていただきたい。
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岡野寿彦(大阪経済法科大学 経営学部 教授)
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◆「医療・健康データのセキュリティ:デジタル主権をめぐる米中の攻防」【2024.5.7掲載】
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