「知は力なり」-ビジネスケアラー支援の基本
片桐由喜 (小樽商科大学商学部 教授)
はじめに
現在、老若男女、多くの人々が働いている。以前、65歳以上の労働者は雇用保険に加入ができなかったが、労働市場に高齢労働者が増えた現実をふまえ、2017年に65歳以上の者を雇用保険の被保険者とする法改正がなされたくらいである。また、結婚、出産後も就労を続ける女性が増え、いわゆる専業主婦と呼ばれる層は激減した。その結果、家事、育児、介護などに何の制約もなく従事できる人が極めて少ない世の中になった。
一方、寿命が延び、かつ、医学薬学などの発達により、他者の手助けを必要とする高齢者は増え続ける。しかし、周知のとおり介護業界は深刻な人手不足である。つまり、介護を担う家族の減少、職業的介護従事者の不足により、働きながら老親の介護を-程度の差はあれ-自ら、行わなければならない事態が稀ではない時代になったのである。このような状態にある人が現在、ビジネスケアラーと呼ばれている。
ビジネスケアラーの社会的認知
老親が介護を必要とするのは、その子供たちは40代にさしかかった頃であろう。40代、50代は職場の中堅であり、組織を支えるだけでなく、後進を指導・育成する役割も負っている。そんな彼らが介護のために職場を去る=介護離職することは官民問わず、職場にとって大きなダメージである。
そこで、このような事態を防ぐために経産省は2024年3月に「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」を公表した。これによれば2030年、ビジネスケアラーは約318万人、経済的損失は約9兆円だという。ガイドラインでは従業員が仕事と介護の両立を図るために経営者が何をすべきかを示す。そのなかで筆者は経営者による介護保険制度などについての情報提供がもっとも重要な取組の1つであると考える。
つまり、介護保険制度などについて、どれだけ知っているかが両立の鍵であり、両立に必要な力は制度についての知識、すなわち「知は力なり」なのである。
どこへ行くか、誰に聞くか
老親の心身の能力が低下し、日常生活がおぼつかなくなるとき、子どもたちはうろたえ、かつ、それを認めたくなく、加えて仕事で忙しくて、その心配事に没頭できない。そうこうしているうちに、深刻な事態になり退職・・・・・というのが最悪のシナリオである。この背景には、何にどう困っているのかを整理できない、困っているのに行動を起こせない、どこの誰に相談してよいかわからない、等がある。
日本の社会保障制度の原則は申請主義である。だまっていても、救いの手は差し伸べられない。困りごとをかかえている当事者自らが一歩、踏み出さなければならない。だからこそ救いの手を得るための情報提供は極めて重要である。
その情報を得ることで、老親のために、かつ、自身の就労継続のために必要な介護保険サービスにアクセスできる。この介護保険サービス利用が始まるまでにはいくつかの準備が必要であり、時間もかかる。このために使えるのが介護休業である。
本コラムの読者諸氏ならご存知であろうが、介護休業は自ら介護をするための休業ではなく、老親の介護保険サービス利用の段取りをつけるための休業である。この点が育児休業と異なる。
まとめにかえて
老親の日常生活に不安を覚えたら、まずは地域包括支援センター、あるいは、自治体の介護保険課へ行く、そこで通常であれば職員が相談にのり、その後、何をすべきかを教示する。これだけで多くの心配事は解決できるはずだし、それができなければ、上記センターや担当職員の職責が問われる。
仕事と介護の両立に経営者や組織の理解や支援が不可欠なことは言うまでもない。しかし、何より肝心なことは当事者である労働者が提供された情報に基づき、行動を起こすことである。
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片桐由喜(小樽商科大学商学部 教授)
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◆「ICT教育の振り子」【2025.1.28掲載】
◆「分かつ死は誰の手で」【2024.10.8掲載】
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