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先見創意の会

アフターコロナの働き方と労働時間規制

金子順一 大正大学地域構想研究所客員教授

コロナ禍がもたらした働き方改革

世界的規模での新型コロナウイルスの感染拡大により、経済・社会活動は未曽有の、極めて深刻な事態に陥った。幸い、緊急事態宣言は5月末に解除され、徐々に経済活動は戻ってきている。しかし、この先予断を許さない状況に変わりはない。

コロナ禍は、私たちの日常に有無を言わせず新たな対応を迫った。マスク着用、三密回避、手洗い・咳エチケット徹底、在宅勤務、オンライン授業などである。すでに市民の間では“新しい生活様式”として定着している。

こうした中、アフターコロナを展望した社会の行方について議論が盛んである。医療、教育などへの影響も大きいが、最も注目を集めるのは働くシーンの大きな変化であろう。在宅勤務、ICTを活用したリモートワーク(テレワーク)の定着である。

これまでIT、調査研究など一部の業種、職種に限られてきたこの働き方が、総務、経理など一般事務職にも半ば強制的に拡大した。社員が決まった時間に出社し仕事をするという従来の働き方のスタイルから、自宅など離れた場所で各自が分担に応じた仕事をこなし、メールやウェブ会議で情報共有・打ち合わせをする働き方への変化である。整備されたインターネット環境と手軽に使える遠隔通信ソフトウェアの普及が、この新しい働き方を支えている。営業でもBtoBと言われる分野では、リモートワークが拡大しているという。

半ば強制的に始まった感はあるが、実際リモートワークを初めて経験した者は、思った以上に仕事ができると実感したのではないか。だとすれば、アフターコロナにおいても、この働き方が継続される可能性が高い。何より、大都市圏では通勤混雑を避けることのメリットが大きい。在宅で時間の融通がつけやすいから、育児・子育てにもありがたい。趣味や余暇活動との折り合いがつけやすいのもうれしい。生産性、社員間のコミュニケーションなど課題はあるが、5G時代の到来を考えれば、コロナ後も単純に後戻りするとは考えにくいのである。

コロナ前から政府が旗振りしてきた“働き方改革”。その成果がはっきりしない中、皮肉なことに、この災禍が重要政策を後押しする形となった。災禍を契機に大きな変革が起きるのは歴史の教えるところでもある。

リモートワークの拡大は、私たちの働き方・暮らし方に大きな影響をもたらす。在宅勤務が増えれば、少々の遠距離通勤も苦にならない。都会では郊外に住まいを求める動きが加速するのだろう。そして、地方に住んでも仕事に支障がなければ、地方移住には相当の追い風になる。働く場所の自由度の拡大は、東京一極集中是正、分散型国土形成のための切り札になるかもしれない。

リモートワーク時代に適した労働時間規制を

リモートワークによる働く場所の自由度の飛躍的な高まりは、労働時間に関する規制の在り方をも根本から問い直す可能性がある。労働基準法は、工場労働に典型的にみられるように、事業所・事務所に社員が集まって働くことを主に想定し、労働時間を規制する。働いた時間を正確に把握し、1日8時間以内に収める。法定労働時間の8時間を超えると、25%以上の割増率で賃金支払いが義務付けられる。給与が実際に働いた時間に紐づけられているのが、この規制の特徴である。

それ故に、社員の実労働時間を正確に把握することで成立する仕組みである。しかし、勤務場所が離れたリモートワークの特性を考えると、実労働時間をどれだけ厳密に把握できるのか、素朴な疑問が残る。

実際、リモートワークの拡大で社員の勤怠管理に苦慮している企業が少なくない。厚生労働省はガイドラインを策定し、テレワーク時の労働時間把握方法について見解を示している。パソコンへのログイン・ログアウトでの把握、勤怠管理システムへの入力などできるだけ客観性を持たせた実労働時間の把握方法を推奨するが、“中抜け時間”の扱いもあり、最終的には社員の自己申告によらざるを得ない。

企業としては、自己申告の労働時間で給与を支払うことに違和感を覚える場面が増え、働いた時間ではなく成果を重視する管理が更に拡大するだろう。また社員にしても、評価を気にして実労働時間を抑制的に申告する事態も考えられる。長時間労働につながるとの懸念が払しょくできない。

実は、この“脱労働時間”の問題については、過去数十年、労働時間法制の重要課題として長く論議されてきた経緯がある。給与と労働時間が紐づけられた規制は、就業実態にそぐわないケースが増えているとして、経済界から常に見直しが求められてきたのである。

その結果導入されたのが、“みなし労働時間制”である。実際に働いた時間に関係なく、あらかじめ決められた時間数働いたものとみなすという特例措置で、裁量労働制がよく知られている。ただ、この特例には、適用職種、業務について厳格な縛りがある。専門業務型裁量労働制は、研究職など専門性が明確な仕事に適用が限られ、企画業務型裁量労働制は適用対象が極めて限定的で、対象拡大を求める経済界の声には根強いものがある。

分権化の下で、企画力、構想力、交渉力を必要とする戦略的な業務に多くの社員が従事する実態が企業に広がっている。そのため、原則的な労働時間規制になじみにくい人たちが増えているのは間違いなく、働き方の変化に制度が追いついていない。企業側だけでなく、社員の中にも、厳格な労働時間管理に違和感を覚える人が少なくないだろう。

コロナを契機としたリモートワークの拡大は、こうした従来から続く労働時間規制論議を加速させることになる。裁量労働制の対象拡大、新たな適用除外制度(エグゼンプション)の導入は、「残業代不払い」などと強い批判に晒されてきた経緯があり、それだけに過去の法改正は、率直に言って慎重に過ぎた感がある。この機会に改めて現状を直視し、論議を深めてほしい。

なお言うまでもないが、裁量労働制の見直し等で、働く人の健康が損なわれてはいけない。労働時間規制の目的は、働く人のいのち・健康を守ることであり、過労死、過労自殺の原因に異常な長時間労働があることはよく知られている。このため、労働時間規制の見直しに併せて、健康診断・ストレスチェックの確実な実施、健康相談・指導体制の整備、産業医の権限強化、産業保健スタフの育成など、産業保健対策の強化が同時に必要になる。セットでの検討が不可欠であることを最後に強調しておきたい。


金子順一(大正大学地域構想研究所客員教授)

2020.10.13