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先見創意の会

飛行機で時空を飛び越えた日

大橋照子 NPO「日本スピーチ・話し方協会」代表 ・フリーアナウンサー

新型コロナ流行という、想像を絶する災禍が我が人生の後半にやって来た。コロナは全世界の人に等しく不安や不幸をばらまいた。でもコロナは悪いことばかりではなく、そのお陰で大きく発展したものがある。リモートワークによるZoomやYouTubeなどの活発な有効活用だ。

声だけのオンデマンド放送は、私の番組も20年以上前の2001年からしていたが、それが今では自宅から「画像付きの生放送(生配信)」ができる。テレビの生放送と同じことが自分の部屋から簡単にできるようになるなんて、コロナがなかったらたぶん考えもしなかったと思う。

そしてコロナ禍がなかったら、「公開放送」や「イベント」を開催する際には、お客様に会場に来ていただくことしか考えなかっただろう。それが今では「動画配信」で、全国の皆さんに各自宅に居ながらにしてイベントに参加して頂くことができるのだ。

実際には、YouTuber は2007年頃から登場していて、最初は商業コンテンツ供給者だけに勧められていたのが、2011年頃からは一般ユーザーにも開放されてYouTubeの広告で収入を得る人も現れ始めた。

しかし、私たちはテレビやラジオでずっと仕事をしてきた自負もあり、ネット上で生配信をしたいとはまったく思わなかった。YouTuberじゃないとこっそり思っていた。

それが、コロナ禍で会場やスタジオからの公開番組が無理になり、それでも参加型番組やイベントをしたいという思いに火が付いた。

今、こうして生配信が自宅からできる時代になったが、思い起こせば30年以上前、1985年~1990年に私がアメリカに住んでいた頃、アメリカにいる私の声を日本の放送局から放送してもらうのは大変な作業だった。ラジオたんぱ(現在の日経ラジオ社)と、TBSラジオの番組内で「大橋照子のアメリカ便り」というコーナーを放送していたのだが、インターネットのない時代にどうやって声を送るかが問題だった。

まずアメリカの自宅のステレオデッキにマイクのコードを繋ぎ、カセットテープに声を録音する。そのカセットテープを封筒に入れ、郵便局に持っていき国際郵便で送るのだ。大体5日から7日で日本の放送局に着く。それを編集してオンエアしてもらっていた。でもスタジオで録音したものではなく家庭用のマイクとステレオデッキなので、ひどい録音状態だったと思う。それがまた、いかにも遠くから届いた声の印象を与えたのかもしれないが。

一番焦ったのが、クリスマスシーズン。いつもより早めに10日前にポストに投函したのに、クリスマス郵便が大混雑で日本に届かない。日本の局から国際電話がかかってきて、
「まだ来ないんだけど…」
「明日届かないと間に合わない!」
私にはどうにもできなかったが、そのときはギリギリでなんとか間に合ったと思う。次の年から20日前に投函するようになった。

またその頃、日本のテレビのニュースをサンフランシスコで放送するにはどうしたかというと…。衛星放送は使用料が高すぎて使えない。夜7時の「NHKニュース」をビデオカセットに録画して車で成田空港に運び、JALの最終便に乗せる(この作業をどんな業者がしていたのかわからないけれど)。それが9時間後くらいにロスアンゼルスに到着。ロスの日本語放送局はすぐにオンエアできるのだが、サンフランシスコへはそこでもう1本ダビングして、また飛行機で送る。それを日本語放送局に車で運んでオンエアする。だから日本の夜のニュースをサンフランシスコのテレビで見られるのは12時間後。時差があるので、ちょうど夜のいい時間に一日遅れのニュースをやっと見られたのだった。

それがなんと、現在では個人が自宅からでも生放送(生配信)ができる! 当時のアメリカの私たちや、日本の番組担当者がそれを知ったら、涙を流して喜んだことだろう。

コロナ禍は多くの人々に不幸をもたらしたが、番組の生配信だけはまさに不幸中の幸いのツールとなっている。

はい、今は私もYouTuberのはしくれ…だと思います。

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大橋照子(NPO「日本スピーチ・話し方協会」代表 ・フリーアナウンサー)

▼「大橋照子話し方教室」筆者主催の話し方教室です。
▼「スピーチ検定」スピーチやプレゼンテーション能力を測定する技能検定。
▼「朗読教室」筆者が講師を務める朗読・話し方倶楽部です。

◇◇大橋氏の掲載済コラム◇◇
「人前で堂々と話す」ために【2022.3.8掲載】
返信について【2022.8.30掲載】

2022.11.29