自由な立場で意見表明を
先見創意の会

脱託老所 ー何がしたくて、何ができるのか?-

片桐由喜 小樽商科大学商学部 教授

何してる?

通勤途上に高齢者向けのデイサービス事業所がある。前面、ガラス張りなので利用者の様子がよくわかる。皆、座っている。周囲の人と話すこともなく、何かをしているわけでもなく、ただ座っているのである。時節柄、今だから黙して座すようになったとは思えない。おそらく、周りと会話せず、何もせず時間が過ぎるのが常態化していると推察する。なぜなら、これまでに見学に行ったデイサービスの多くがそのような状況だったからである。もちろん、利用者同士の会話がはずみ、皆、生き生きと何かに取り組む、「優良」デイサービスもなかにはあるだろう。そんなところに行き着くことができたら幸せである。

なぜ、そこにいるのか?

では、なぜデイサービスへ行くのか? 家族との同居、別居を問わず、それは高齢者を自宅に一人置いておけない、あるいは、いると他の家族の生活に支障が出るから、家族が行かせるのである。その判断に愛情の有無は多少、左右するけれど、決定的ではない。働く親が子供を保育所へ預けるのと同じである。子供を預けることを託児というから、高齢者の場合は託老である。

認知症が進行した高齢者や、身体能力が大きく低下した高齢者はデイサービスではなく、違う種類の事業所へ行く。つまり、デイサービスに行く高齢者は、その心身能力がある程度、残存している。

来て楽しいか?

そのような高齢者はいわば普通の大人である。だから、なぜ、ここに自分がいるのかも理解しているであろう。そんな彼らに、ここにきて楽しいかと尋ねるのは愚問である。

こう考えているときに、「日本のシニア『友人いない』3割」(北海道新聞2021年5月12日朝刊)を読んだ。日米独スウェーデン4カ国に同じ質問をすると、他国の高齢者のうち、友達がいないと答えた割合は10%前後である。

友人がいない高齢者や椅子に座って日が暮れるのを待つ高齢者を思うにつけ、高齢期にこそ自律力が求められると思う。 

超高齢社会で求められる自律力

自律力。それは自分が何をしたいのかが認識、理解できる力である。さらに、他者と接点を持つ能力であり、それにより自分の存在に自信が持って、楽しい時間を作る能力でもある。つまり、他人によって時間の過ごし方や楽しみを与えられるのではなく、能動的に生きる力である。

私はたいていの高齢者はこの自律力を潜在的に有していると確信している。ただ、それを発揮すると家族に迷惑がかかるのではないかと考えたり、デイサービス事業所に煙たがられると考えて、自分を抑えているのではないだろうか。あるいは、自分に自信がなくてそれを表出できないのかもしれない。

人生の晩年こそ、時間の制約やしがらみから解放されて自由に自分のしたいことを1人、あるいは、友人たちと行動する、そんな雰囲気が世に漂うことを願っている。
もっとも、自律力の高い高齢者ばかりになると介護事業所の多くは困るだろうけれど。

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片桐由喜(小樽商科大学 教授)

◇◇片桐氏の掲載済コラム◇◇
◆「卒業論文から学ぶ」【2021年2月2日掲載】
◆「オンライン授業と遠距離通学」【2020年10月27日掲載】
◆「オンライン授業強行記」【2020年6月23日掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2021.06.01