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先見創意の会

コロナ時短命令訴訟

平岡 敦 弁護士

1.本訴訟の事例

東京都は、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言期間中であった令和3年1月8日(いわゆる第3波の最中)に、飲食店等を経営する事業者に対して、インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」という。)45条1項に基づき、午後8時以降の営業を停止するよう協力要請を行った。これに対し、46の飲食店(本稿執筆当時)を展開する上場企業である株式会社グローバルダイニング(以下「GD社」という。)は、この協力要請に応じなかった。ただ、この頃、GD社と同様に午後8時以降も営業を行っていた都内の飲食店は2000あまりに上っていた、との事実が本件に関する判決で認定されている。

上記のような状況の下、東京都とGD社の間では、①GD社に対する直接の協力要請、②GD社による弁明、③特措法45条3項に基づく命令の予告などのやりとりがあったが、GD社は午後8時以降の営業を継続した。そこで、東京都は、同年3月18日に、GD社に対し、特措法45条3項に基づき、午後8時以降の営業を停止せよとの命令(以下「本件命令」という。)を下した。この命令は、GD社の他に6事業者に対してなされた。GD社は、本件命令に従い、午後8時以降の営業を停止した。ただ、緊急事態宣言が3月21日には解除されたので、本件命令の効力は4日しかないものであった。東京都は、本件命令発出当時、既に3月21日には緊急事態宣言を解除する方針である旨を明らかにしていた。

2.特措法45条

ここで、特措法45条について解説しておく。以下、本稿の目的に必要な部分を引用する。

第四十五条 (略)
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(略)、興行場(略)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項及び第七十二条第二項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。
4 (略)
5 特定都道府県知事は、第二項の規定による要請又は第三項の規定による命令をしたときは、その旨を公表することができる。
上記の通り特措法45条2項は、飲食店を含む施設管理者等に対し、施設の使用制限・停止等の措置を要請することができるとしている。そして、3項では、施設管理者等がそれに従わなかったときには、以下の要件の下で、措置を講ずること命ずることができる、としている。

上記の通り特措法45条2項は、飲食店を含む施設管理者等に対し、施設の使用制限・停止等の措置を要請することができるとしている。そして、3項では、施設管理者等がそれに従わなかったときには、以下の要件の下で、措置を講ずること命ずることができる、としている。
①要請に応じないことに正当な理由があること
②まん延防止・生命健康の保護・国民生活経済の混乱回避のために特に必要があること

3.東京地裁判決

GD社は、本件命令が上記①②の要件を満たしておらず違法であることや、本件命令や特措法自体の違憲性等を主張して、国家賠償法1条に基づき、東京都に対する損害賠償を求めて提訴を行った。結論としては、東京地方裁判所は、GD社の請求を認めなかった(東京地方裁判所令和4年5月16日判決。以下「本判決」という。)。しかし、その理由を見ると、東京都の辛勝又は双方痛み分けというべきものであった。

4.国家賠償の判断構造

まず、国家賠償法1条に基づく判断の構造を説明しておきたい。同条は、公務員が、職務を行うについて、故意又は過失によって、違法に、他人に損害を加えたときに、国や公共団体がその損害を賠償する、と規定している。これは、私人間の不法行為責任とほぼ同じ枠組みである。すなわち、違法性と故意過失の二段階審査が必要とされる。事件類型によっては、違法性と故意過失が渾然と判断される場合もあるが、本件のような行政処分による損害の場合には、違法性と故意過失の二段階審査が通常通りになされる。本判決も、二段階審査を行っている。

5.違法性

違法性については、上記の①②の要件充足性が主に問題となった。本判決は、①要請に応じなかったことについての正当理由の存在は認めなかったものの、②命令を下すことについて特に必要があったことは否定して、本件命令が違法であったとした。

特に必要があったと言えない理由としては、以下のようなものが挙げられている。(1)GD社の店舗では感染防止対策がなされていてクラスター発生のリスクが高いとは言えなかった、(2)当時都内で2000件余の飲食店が午後8時以降も営業していたという状況で、GD社ら6事業者に対してのみ命令を下す合理的根拠が見いだせない、(3)3日後に効力がなくなる状況で命令を下すことによる効果はわずかであった、(4)GD社は自社ホームページで協力要請に従わない理由を掲載していたが、他者を煽るなどといった内容ではなかった等の理由である。

6.故意過失

本判決は、このように違法性を認めた上で、故意過失についてはその存在を否定した。その理由は、(1)裁量の範囲を著しく逸脱したとまでは言い難い、(2)対策審議会における学識経験者からの意見聴取等を踏まえていたこと、(3)特措法45条3項命令の最初の発出事例であり、検討のために参照すべき先例もなかったことから、本件命令を差し控える旨の判断をすることが期待し得なかった、(4)違法であることを予見できない事情がある場合は過失を否定できる、といったものであった。

(1)の裁量の範囲の逸脱については、裁量権行使の不当性が違法性判断に含まれるかという形で判断されることはあるものの、故意過失の判断にその問題が影響するのかというと、それは疑問である。

(2)学識経験者からの意見聴取等を踏まえていたということについては、学識経験者の意見等が誤りであるとの判断はできなかったということかと思われる。ただ、学識経験者は、感染症の流行状況とそれを踏まえた対策に関する科学的知見を述べることに留まる。したがって,本件命令を特にGD社ら6事業者に対してのみ4日間だけの効力で発出することが、新型コロナウイルスまん延を防止し、国民の生命健康を保護し、国民生活・経済の混乱を回避するために特別に必要なことなのかを、行政として判断する必要があった。学識経験者の意見等のみで予見可能性が左右されるわけではない。違法性の程度とも関わる問題ではあるが、本件の状況下では、学識経験者の意見等も批判的に検討し、特別の必要があるとまで言えないと判断することは可能ではなかったか。

(3)特措法45条3項命令の最初の発出事例であり、検討のために参照すべき先例がなかったとの点については、先例がないからこそ慎重な判断が求められる状況だったのであり、それを理由に特別な必要性の判断についての注意義務が軽減されるというのは理屈になっていない。

(4)違法性の予見可能性がなかったとする点について、本判決は最三小判平成3年7月9日、最一小判平成16年1月15日を引いている。これらの最高裁判決は、行政による法律解釈の誤りを認めつつ、その法律解釈は先例的解釈に従ったもので、その先例的解釈自体が誤っていたことから、過失があると言うことはできない、としたものである。しかし、本件命令の場合、特措法45条3項命令の最初の発出事例であり、先例的解釈があるわけではないので、これらの最高裁判決を引いて違法性の予見可能性がなかったとすることは、論理的にフィットしない。

7.まとめ

このように、本判決は、違法性を認めた上で、故意過失を否定して、結果的に東京都の勝訴としたものである。違法性を認めたことで、GD社の目的の一端は達せられた。そして、東京都も故意過失の面で主張が認められたことで、面目を保った。裁判所は、双方に花を持たせるような判決を書いたとも言える。しかし、前述の通り、故意過失を否定した理由には苦しいところがあり、東京都が勝訴したとはいえ、かなり後味の悪いものになっていることは否めない。

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平岡 敦(弁護士)

2022.06.03