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日本防衛に資する米国家安保戦略

榊原智 (産経新聞 上席執行役員論説委員長)

中国が、高市早苗首相の台湾有事を巡る存立危機事態についての発言に難癖をつけ、中国外交官が「首相斬首」をXへ投稿したり、日本渡航自粛の要請、日本産水産物の輸入停止、日本アーティストの中国公演中止などさまざまな嫌がらせをしている。

中国外務省は高市首相の発言撤回を要求し、同省報道官は「中国人のボトムラインを挑発しようとすれば必ず中国側の痛烈な反撃を受け、14億を超える中国人民が血肉をもって築いた鋼鉄の長城の前で頭を割られ血だらけになるのだ」とXへ投稿した。

中国国防省の報道官は「日本側が歴史の教訓を深く汲み取らず、あえて危険な賭けに出たり更には軍事的に 台湾海峡情勢に介入したりすれば、必ず中国人民解放軍の鉄壁の前で 粉骨砕身になり、多大な代償を払わなければならない」とXへ投稿した。日本語の「粉骨砕身」の意味を誤用したのはお笑い草だが、日本を軍事攻撃してばらばらにするという脅しをするつもりだったのだろう。まるでやくざの物言いである。

中国共産党の機関紙などは、琉球諸島の日本帰属に疑義を呈するプロパガンダ(政治宣伝)を始めた。そのうえ、中国の国連大使はグテレス国連事務総長へ送付した書簡で、「(日本が)台湾問題で武力介入をたくらむ野心を初めて表明した」と唱え、高市首相の答弁撤回を訴えた。

在京の中国大使館は、第二次世界大戦の敗戦国が「侵略政策に向けた行動」をすれば、中国を含む国連創設国は国連憲章の旧敵国条項に依拠して「直接軍事行動を取る権利を有する」とXへ投稿した。日本に対する武力行使の威嚇であり、「武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認」した日中共同声明に反している。

中国政府が無頼漢のように日本への威圧を重ねているときに、沖縄本島南東の公海上では、中国海軍の空母から発艦した戦闘機が、対領空侵犯措置のため緊急発進(スクランブル)した航空自衛隊の戦闘機にレーダー照射をする暴挙を働いた。日本は警戒と防衛力の強化が欠かせない。

高市首相の国会での発言は、中国が台湾を軍事的に海上封鎖(ブロケイド)し、それを解こうと来援した米軍へ武力を行使した場合には、安全保障関連法(平和安全法制)上の存立危機事態に該当する可能性があると指摘したものだ。

中国軍の軍事的な海上封鎖はそれ自体が武力の行使に当たる。その上、米軍を軍事攻撃した場合の話だ。米軍が日本の近傍で攻撃されているのを自衛隊が傍観すれば、日米同盟は直ちに機能不全になる。日米安全保障体制は崩壊し、日本は一国で、中国、ロシア、北朝鮮という反日的で核武装した専制国家の脅威に直面することになる。そのような事態を招かず、中国発の台湾有事を抑止するために、限定的ながら集団的自衛権で米国、米軍を守る構えをとることは欠かせない。

その当たり前のことを高市首相が語っただけで、中国は烈火のごとく怒ってみせた。台湾への武力侵攻がやりにくくなるのを嫌っているからにほかならない。

すると、高市首相の今回の発言は平和を守る方向で抑止効果があったとみることができる。抑止外交の実行は相手の反発を買うため厳しいものだが、実践する価値はある。逆に、もし中国や日本国内の左派の圧力に負けて首相が発言を撤回すれば、中国側が「自衛隊は出てこないな」と判断しかねない。そうなれば、台湾へ武力侵攻する誘惑にかられしまう。発言撤回は戦争を引き寄せてしまいかねない禁じ手ということを日本国民は肝に銘じたい。それこそが平和を守っていく前提となる。

さて、折しもトランプ米政権が、新しい国家安全保障戦略(NSS)を公表した。NSSは、①欧州が文明消滅に危機にあると指摘した②日本や韓国などの同盟国に防衛費の大幅増を要求した③北朝鮮への言及がなかった④ロシアのウクライナ侵略を非難する文言がなかった―ことなどから、日本や欧州から批判的な見方が出ている。

ただし、このNSSは、日本の安全保障にとって高く評価できる内容になった点を強調しておきたい。

12月9日付産経新聞の主張(社説)「米安保戦略発表 台湾有事阻む決意示した」から引用したい。

産経の社説は、NSSが「中国発の有事を念頭に『軍事力の優位性を維持することで、台湾を巡る紛争を抑止することが優先事項」だと強調した。さらに『台湾海峡における一方的な現状変更を支持しない』と謳った」と指摘した。そのうえで「第二次(トランプ)政権が台湾への姿勢を初めて明確に示した意義は大きい。日本と地域の平和と安定に資する内容となったことを歓迎する」と評価した。

九州から南西諸島、台湾、フィリピン、南シナ海へ及ぶのが第1列島線だ。社説は「NSSは『第1列島線のどこでも侵略を阻止できる軍を育成する」とした。ただし『米軍単独では不可能』であるとし」、日韓など同盟国の防衛費の大幅増を促したと紹介し、NSSの問題提起を支持した。

考えてもみてほしい。中国発の台湾有事、すなわち戦争が起きれば、その負担は防衛費増どころの話ではない。多額の戦費の支出を余儀なくされ、人命や財産上の大きな被害も避けられまい。有事を抑止するために、日本は防衛力充実へもう一段アクセルを踏む必要に迫られている。

「平和憲法」の幻想にひたって日米同盟を放棄して「局外中立」であろうとしても、日本は台湾を巡る有事から逃れられないことを指摘しておきたい。それは、日本固有の領土である尖閣諸島(沖縄県石垣市)を、中国は台湾の付属島嶼とみなしているからだ。中国が台湾併合を完成するには日本から尖閣諸島を奪取することが欠かせないという構図である。また、台湾有事の際、沖縄をはじめとする在日米軍基地や自衛隊の基地を中国軍が攻撃対象から外すことはありえない。

そのうえ―あってはならないことだが―日本がもし尖閣諸島を放棄しても、中国の野望が止まる保証はどこにもない。沖縄本島を日本から切り離したり、琉球王国が薩摩藩の統治下にあったことは無視して、明朝や清朝へ朝貢していたことを理由に領有権を言い出したりする恐れもある。

これらの点も踏まえて、日本は安全保障政策を組み立てないといけない時代である。

安倍晋三元首相が4年前に語った「台湾有事は日本有事」という警句は有名になったが、発言には続きがあった。「(台湾有事は)日米同盟の有事でもある。この認識を習近平(中国)国家主席は見誤るべきではない」というくだりだ。高市首相が語ったのもそこである。

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榊原 智(産経新聞 論説委員長)

◇◇榊原智氏の掲載済コラム◇◇
「日本を守れない野党第一党」【2025.7.15掲載】
「野田立憲民主党代表が支える石破政権」【2025.3.25掲載】
「核抑止が平和を支える逆説を知ろう」【2024.12.17掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧下さい。

2025.12.16