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医療法人化について

竹原将人 (税理士)

1.はじめに

9月17日に日本医師会が公表した「令和7年 診療所の緊急経営調査 結果」では、物価高騰、人件費上昇により診療所の経営状況が悪化しているとされ、個人開設の診療所の経常利益率が令和5年と6年にかけて19.5%減少しているという結果となっていた。しかしながら、経常利益(事業所得)は21,962千円となっているため一定以上の黒字を出している個人診療所は多いと推察できる。

所得が多ければ、税負担の観点で個人開設より法人開設(法人化)に切り替えた方が良いとも考えられるので、本稿では医療法人化について解説をする。

2.医療法人化のメリット・デメリット

(1)主なメリット・デメリット
医療法人化をするか否かの判断においては、法人化のメリット・デメリットを確認した上で行うものと考える。法人化の主なメリット・デメリットは以下の通りである。

【医療法人化の主なメリット・デメリット】

(2)メリットの内容
①役員退職金制度の活用
院長個人にとって影響が大きいのが役員退職金制度の活用である。個人事業において退職という概念は税務上ないため、個人事業のままでは退職金の優遇課税はない。一方、医療法人であれば、理事長(役員)を退任(退職)するため、その際に退職金を支給できる。

退職金に係る所得税は以下の計算式で算定するが、退職所得控除の適用と所得が1/2になることが、個人事業における事業所得と比較して税負担が少ない。

【退職金の所得税計算(※1)】
(退職金額-退職所得控除(※2))×1/2×所得税率(※3)

※1 別途住民税も課されるため留意
※2 勤続年数20年以下:40万円×勤続年数(最低80万円)
   勤続年数20年超:800万円+70万円×(勤続年数-20年)
※3 累進課税により所得に応じて税率が上昇

②医療法人契約の生命保険の活用
所得税の場合、生命保険料控除は保険料にかかわらず4万円(旧制度の場合5万円)が上限となるが、法人税(法人契約)の場合、保険の契約形態に応じて損金算入割合は異なる。具体的には、損金算入されないもの、保険料の4割が損金算入されるもの、全額損金算入されるものに大別される。
医師の場合、高額な生命保険に加入しているケースが多いため、医療法人契約にできるメリットは大きいと考えられる。

③相続時の医院の行政手続き簡素化
医療法人の場合理事長に相続が発生した際の行政手続きは理事長の変更手続きと比較的簡易だが、個人開設の場合先代院長の医院廃止と新院長の医院開設が必要となる。

後者の手続きは相続に関する諸手続きを行いながら、切れ目なく診療を行うために期限を遵守する必要があるため相続人にとって負担が大きいと考えられる。

(3)デメリットの内容
①個人の可処分所得の減少
医療法人化した場合、医療法人と院長個人の収入・財産は厳格に区分されるが、所得税と法人税の税負担軽減の恩恵を受けるためには、医療法人から院長に支給する役員報酬をある程度制限する必要がある。

医療法人設立認可申請において個人開設時代の事業借入金は設備投資目的のものしか医療法人に引き継げないため、運転資金名目の事業借入金は個人名義のままとなり、役員報酬の手残りから返済する必要が出てくる。

税負担の恩恵を受けるための役員報酬を抑えたい所、個人名義のまま残る借入金の返済のために役員報酬を高額に設定しなければならないのであれば医療法人化のメリットが減少することとなる。

②厚生年金などの社会保険の負担増加
個人開設の医療機関の場合、従業員数が5人未満であれば社会保険の加入義務はないため社会保険に加入をしていないケースがあるが、医療法人は従業員数にかかわらず社会保険に加入する義務があるため、医療法人化により法人(事業主)の経費負担が増加する可能性がある。

3.医療法人化の手続き

医療法人の設立は都道府県(政令指定都市)の許認可事項であり、設立の主な流れは下記の通りとなる。手続き上は、都道府県が開催する医療審議会が一般的には年2回の開催となる点が留意点として挙げられる。(手続きの詳細な流れや医療審議会の開催時期については所轄の都道府県等に確認が必要)

なお、設立認可後も、設立登記(法務局)、診療所開設許可申請(保健所)、保険医療機関指定申請(厚生局)、社会保険(健康保険、厚生年金)の切替・加入手続きなどの手続きがあるため、医療法人化が完了するまでは相応の期間を要することとなる。

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竹原将人(税理士)

◇◇竹原将人氏の掲載済コラム◇◇
「出資持分評価と会計検査院指摘について」【2025.8.5掲載】
「令和7年度税制改正」【2025.4.8掲載】
「医療法人の解散と医療機関の廃止手続き」【2024.10.29掲載】

☞さらに以前の記事はこちらからご覧ください。

2025.11.18