「静かな退職」という働き方
片桐由喜 (小樽商科大学商学部 教授)
はじめに
過日、北海道新聞記事の中に「静かな退職」という文字をみた(2025年7月11日付朝刊 )。てっきり、誰にも知られずそっと退職することを意味すると思いきや、「職場で最低限の業務だけをこなす」ような働き方を言うという。そんな言葉があったのかと、あらためて同新聞のデータベースで「静かな退職」を検索語として調べると、すでに2022年の1面コラムで使われていた(2022年11月29日付朝刊)。そこでも、「必要な仕事だけこなして、それ以上は頑張らない」と説明されている。
前者の記事は「『静かな退職』や離職の防ぎ方」を目的とする道内企業数社の女性社員らの取組を紹介するものである。つまり、ここでは「静かな退職」は防ぐべき、好ましくない働き方と位置付けられている。
就活と「静かな退職」
学生たちの就活をみたり聞いたりすると、彼らが最も重視することの1つが待遇-給与 と休みのとりやすさなど-や、転勤の有無であることがわかる。この会社に入ったら、目指すは社長、あるいは、いつかは辞めて起業し一国一城の主になる、そのためにはがむしゃらに働くつもりであるという声を学生たちからはまず聞かない。初任給やボーナスの水準、有給休暇の取りやすさや福利厚生を熱心に調べ、あたかも就職する前から「静かな退職」予備軍のようなありさまである。
しかし、私の知る限り、彼らもいったん就職すると、「職場で最低限の業務だけをこなす」働き方をしているわけではなく、むしろ、残業も転勤も厭わず、忙しく働いている。仮に定時退社で、さほど忙しくないとしても、頑張らない働き方をポリシーとはしていな いようである。
大卒ホワイトカラーと「静かな退職」
もっとも、近年は「静かな退職」を実践している会社員が少なからずいると報告されている。それによれば、「現在『「静かな退職』を実践していると回答した人は37.7%。勤続年数別に見ると、新卒入社3~5年未満が75.4%で最も高かった。」とのことである (注1) 。
経営者にしてみれば、ゆゆしき事態ということなる。ただし、いや、かならずしもそうではないと論ずるのが、海老原嗣生『静かな退職という働き方』(PHP文庫、2025年)である。詳細は同書に譲るとして、この著書によると、「静かな働き方」は防ぐべき、好ましくないものではない。
思うに、能力も適正も千差万別であるにもかかわらず、大卒ホワイトカラーの名の下に、一律の評価基準の下におかれ、そこでの相対評価において高評価を得るために競争にさらされる現状に、働く者達、特に若者が追随しなくなったということだろうか。
あらゆる業種業態に働き方改革が求められ、ワークライフバランスが職場の標準となった(あるいは、なりつつある)今日、経営者は個々の従業員の能力と適正を十分に見極めて仕事の差配、すなわち、労務管理をする必要があるということである。
教え子を世に送り出す立場から言えば、彼らが適材適所の場を得て働き、そこでの働き方が「静かな退職」タイプであれ、がむしゃらタイプであれ、個々に正当に評価されることを願うばかりである。
【注1】「静かな退職」と副業の実態調査(パーソナルイノベーション)母数は623人。
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◇◇片桐氏の掲載済コラム◇◇
◆「知は力なり」-ビジネスケアラー支援の基本」【2025.5.6掲載】
◆「ICT教育の振り子」【2025.1.28掲載】
◆「分かつ死は誰の手で」【2024.10.8掲載】
◆「先見の明がないにもほどがある⁈」【2024.7.16】
☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。