日本を守れない野党第一党
榊原智 (産経新聞 論説委員長)
参院選公示前日の7月2日、日本記者クラブ主催の党首討論会があった。次のやり取りは、そのときのものである。
石破茂首相「(立憲民主党の)公約に平和安全法制の違憲部分は廃止と書いてある。どの部分を違憲と考えるのか。」
野田佳彦立民代表「立憲主義と憲法の平和主義に則って、安保法制を見直す際に違憲部分は廃止していく。その部分がどこかは政権を預かった時に米国や防衛省のヒアリングなどを通じて検証していく。」
石破首相「この部分が違憲だということがなければ公約にならないではないか。」
討論会は次のテーマへと進み、石破首相と野田代表のやり取りが深まることはなかった。
ただし、石破首相の疑問はもっともである。立民の公約が、安全保障という重要分野において、有権者に適切な判断材料を与えていないことが露呈したかたちだ。
立民が公約で、安全保障関連法(平和安全法制、安保法制)の違憲部分を廃止すると唱えているにもかかわらず、具体的内容を示していないのはどういうことか。
安保関連法が国会で成立したのは今から10年前の2015年だ。立民の前身の民主党は、安保関連法案は違憲な部分がある、立憲主義に反するといって猛反対していた。当時、民主党が言っていたのは、集団的自衛権の限定行使を容認する点が違憲である、ということだった。
その後、民主党もその後身の民進党、立民も、集団的自衛権の限定行使が合憲であるという見解を示したことはない。政党名が変わっても、立民の幹部は民主党政権の党幹部、閣僚だったことを考えれば、立民は集団的自衛権の限定行使は違憲としているとみなすのが常識的な見方だろう。
しかしながら、立民の公約には、集団的自衛権の限定行使が違憲と記していないし、野田代表もそのような説明を口にしない。
これは控えめに言っても、有権者を軽んじていると言わざるを得ない。
安倍晋三政権は、左派メディアや左派政党の猛反発を覚悟の上で、集団的自衛権の限定行使を認める安保関連法を成立させた。政治的に極めて面倒なテーマだったが、安倍元首相が断行したのは、それが日本の国と国民を守るために不可欠だったからだ。
これによって、日本と米国は、日本の存立にかかわるという条件付きながら、互いに守り合う関係に進化した。それまでは、日本が武力攻撃を受けていない状況下では、自衛隊の近くで米軍が攻撃されていても、自衛隊は助太刀が許されていなかった。米軍を見殺しにすることになれば、米政府と米国民が、攻撃してきた国とともに日本に対する怒りを沸騰させるのは間違いない。日米安保条約に基づく日米同盟は空洞化するか瓦解する。それでは国と国民を守れない。そこで、安倍内閣と与党は安保関連法を制定したのである。
守り合う関係になったことを米軍、米政府は高く評価し、日米同盟の抑止力と対処力は大きく高まった。作戦計画も防衛力整備も、場合によっては自衛隊による集団的自衛権の限定行使があり得るという前提で進められている。
もし、集団的自衛権の限定行使を認めなかった時代に戻ろうとすればどのようなことが起きるだろうか。
「日本が武力攻撃されていない状況では、自衛隊は米軍を守りません。けれども、米軍は自衛隊や日本を守ってください」という話を、米国にすることになる。
このような虫の好い話を認める米国はもはや存在していないと考えるべきだ。トランプ米大統領であれば、あきれ返って日米同盟を破棄するか、または年間10兆円、20兆円のみかじめ料を払うように要求してくるだろう。それも日本人への侮蔑の心を伴って、である
行き着く先は、日本単独の重武装化か、中国、ロシア、北朝鮮という周囲の核武装した反日国家への屈服だろう。日本が自由を保ち、独立と経済的繁栄を謳歌できるとは思えない。それだけではない。韓国や東南アジア諸国、それに台湾の安全も大きく揺らぐ。世界の人々にも迷惑をかけることになる。
野田代表は前述のやりとりで、立民は以前も安保関連法について同様の公約をしてきたことを認めていた。過去も今も、有権者と安全保障を軽視する政党だったことは明らかである。
立民がなぜ、このような不可解な態度をとるのか。それは、集団的自衛権の限定行使容認は違憲だから廃止すると明言すれば、早晩、政権担当能力がないという烙印を押されるからだろう。とはいえ、違憲部分はないと方針転換したり、集団的自衛権以外の部分に違憲部分があると言い出せば、立民が選挙で協力を期待する共産党が許さないという構図もある。
そこで、有権者を愚弄するような立場をとっているのだ。さいわい、日本の政界もメディアも、立民の無責任な安全保障政策を難じ、批判することはない。
参院選では、与党を含め他の主要政党も安全保障について建設的な議論をしているとはいいがたい。極めて残念な話だ。
いずれにせよ、国民が気付いておくべきは、立民が政権入りする大連立(与党と野党第1党の連立)や、立民主体の政権は、日本の国と国民の安全を確保する上で、悪夢でしかないということだ。台湾有事さえ懸念される今、足手まといどころか防衛を阻害する集団を政権が抱え込むのは危うすぎるのである。
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榊原 智(産経新聞 論説委員長)
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◆「野田立憲民主党代表が支える石破政権」【2025.3.25掲載】
◆「核抑止が平和を支える逆説を知ろう」【2024.12.17掲載】
◆「胡友平さんと董光明容疑者と」【2024.9.10掲載】
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