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無医地区の解決には「集住」が必要だ

河合雅司 (ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

近隣に医療機関が存在しない「無医地区」が実質的に拡大している。

無医地区とは、おおむね半径約4キロに50人以上が住んでいる地区のうち、自動車などを利用しても1時間以内に病院で受診できないといった医療へのアクセスが困難なエリアのことである。

厚生労働省が公表した「無医地区等及び無歯科医地区等調査」を見ると、こうした「無医地区」は2022年10月末時点で全国557地区だ。2019年の前回調査より33減っており、この数字だけを見ると改善がみられる。

過去をさかのぼると、1966年には2920地区を数えた。ここまで減った背景には医療機関が増えたり、道路網の整備が進んだりしたことがある。医師を派遣する仕組みの導入も進んでいる。

だが、無医地区のデータだけをもって「順調に改善している」と判断するのは間違いだ。

人口減少で住民が50人に達しない地区が広がっているためだ。医療へのアクセスが困難という状況が改善しないにもかかわらず無医地区の指定要件を満たさなくなるケースが増えてきている。無医地区のデータは、必ずしも実態を反映していない。

人口が50人を下回って無医地区には該当しなくなったものの、都道府県知事が無医地区と同等の支援が必要と判断し、厚生労働相との協議を踏まえて指定した地区を「準無医地区」と言う。1994年には310地区だったが2022年は1.77倍の549地区となった。前回調査の2019年は494地区だったのでこの3年だけでも55地区増えている。

無医地区と準無医地区の合計が「実質的な無医地区」と言うことだ。その推移を見ると、1994年の1307地区から緩やかに減り続け、2014年には1057地区になった。ところが、2019年には1084地区と増加に転じ、2022年はさらに増えて1106地区である。無医地区は減少しているどころか、実質的には増加しているのだ。

人口減少の進行により過疎地は今後も増加するだろう。しかも平均寿命の延びで80代以上の人が多くなり、1人暮らしも増えてきた。過疎地ではすでに利用者数の減少と運転士不足が重なってバスや鉄道の廃路線や運行本数の削減が進んできている。医療機関へのアクセスが困難な人はますます増えるということであり、実質的な無医地区のさらなる拡大は避けられそうにない。

だからと言って、医師の養成数を増やすだけでは仕方ない。

実質的な無医地区を多く抱える自治体は、総人口も激減する。それは医療機関が立地するのに十分な患者数が見込めなくなるということでもある。診療報酬に縛られている病院や診療所の経営は売上が減ったからといって値上げはできない。経営が悪化すれば廃業や都市部への移転を余儀なくされるところも出てこよう。

さらに地方の医師や看護師の中には、大都市圏の医療機関に移る人が少なくない。こうした地域の医療機関が減少すれば、実質的な無医地区はさらに広がりを見せることとなるだろう。

AI(人工知能)を活用した診療の普及は実質的無医地区解消の手段の1つになり得そうだが、AIでは対応不可能な診療は残る。

人口が減ることの弊害は医療にとどまらないという視点を持つことも重要だ。水道や電気、ガスといった生活インフラも人口減少で利用者が減れば、事業として成り立たなくなる。仮に無医地区を解消できたとしても、他のサービスが滞れば真の問題解決にはならない。
こうした現実に対応するため、政府は7月に閣議決定した新たな「国土形成計画」において、地域生活圏構想を打ち出した。

自治体の境界にこだわらずデジタル技術を活用することで最低10万人の商圏を維持できれば、生活に必須なサービスや商品を提供する事業者が立地し続けられるとの考えのもと、全国に10万人以上の「地域生活圏」の展開を目指すという構想だ。政府が「集住」の必要性を示したことの意味は大きい。

これまで人口減少対策というと、各地域における「不足」を穴埋めする政策が図られてきた。だが、人口減少がさらに深刻化すると、穴埋め作業が追い付かず「不足」状態が常態化するようになる。

もはや、現状維持のためにどうするかという発想を捨て、「集住」によって不足状況を少しでも減らすという取り組みへと切り替えるタイミングなのである。

戦後の日本は、居住エリアを拡大させ過ぎた。政府は、地域生活圏を実現させる具体的政策の立案を急ぐことが求められている。

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河合雅司(ジャーナリスト、人口減少対策総合研究所 理事長)

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◆「効果乏しい『異次元の少子化対策』はコスパを考えよ」【2023.4.25掲載】
◆「社会保障の次なる懸念を生む高齢者の負担増」【2022.12.20掲載】
◆「問題の本質は医師不足ではなく『患者不足』だ」【2022.8.9掲載】

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2023.08.15