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先見創意の会

うそつき脳と企業リスクマネジメント

岡部紳一 アニコム損保 監査役・博士[工学]

今年を振り返って、企業のリスクマネジメントに関わる事件としてまず浮かぶのは、日野自動車の不正検査である。排ガスのデータ偽造により型式証明が取り消され、国内販売の97%が停止すると言う深刻な事態を招いてしまった。不正検査は約20年前から実施されていたと報告されている。自動車の不正検査の口火を切ったのは、2015年のフォルクスワーゲンである。排気ガスに関わる不正ソフト米国当局によって指摘され、全世界で1100万台がリコールされた。

その後、日本の自動車メーカーの不正検査も続々と発覚する。三菱自動車(2016/4燃費データの不正操作)、スズキ(2016/5燃費偽装、2018/8完成車不正検査)、日産自動車(2017/9無資格者検査、2018/7排気ガス性能の検査結果を改ざん、2018/12ブレーキ性能検査不正)、スバル(2017/10無資格検査、2018/燃費・排ガス検査データ書換え)マツダ、(2018/8燃費・排出ガス不正検査)、ヤマハ発動機(2018/8燃費・排出ガス不正検査)と日野自動車(2022/3検査不正)である。芋ずる式に、燃費、排ガス、ブレーキ性能などの不正も発覚するメーカーもあった。根が深い問題であることがわかる。ここまで名前の出てないトヨタ(2021)とホンダ(2022)では、販売店による不正車検が発覚している。 不正事件は自動車業界だけではない。東芝(2015粉飾決算)、神戸製鋼所(2017品質検査データ改竄)三菱電機(2021不正検査)の事件も当時大きく報道された。

企業へコンプライアンスの導入が本格化したのは、2006年金商法改正(J-SOX法)で上場会社に対し「内部統制報告書」制度が導入されてからと思われる。上述の企業はいずれも上場企業であるので、内部統制が確立していることを表明しているが、長期間にわたりコンプライアンス違反を続けていたことになる。
日野自動車や他社の調査報告書から、不正検査などの原因分析に共通する(または類似する)キーワードを挙げて、以下のようにまとめてみた。

不十分な教育しか受けておらず、規範意識の薄い検査担当者が、虚偽の検査値を記入し、不正を抑制し発見するモニタリングや監査力の弱い現場部門が虚偽の検査報告書を作成し、コンプライアンス体制の弱い企業が外部に虚偽報告を提出した。背景に、トップダウンで上司に逆らえない、与えられる業務量に対して、人手不足と設備の老朽化など必要なリソースが十分でなかったなどがあった。

さて、“正直脳”と“うそつき脳”のメカニズムに関する非常に興味深い京都大学の研究がある。(※注1)fMRIを使って脳の血流変化を元に脳画像を分析して、“正直脳”と“うそつき脳”の活動の違いを研究している。専門外の私が理解できたレベルで、以下に簡潔にまとめてみた。
・側坐核の活動レベルの高い=報酬の感受性の高い人が嘘をつきやすい。自己の活動をコントロールする背外前頭前野の活動レベルも高い(正直に答える時もその活動レベルが高い)
・正直な人が正直に答えるときは、報酬の感受性を示す側坐核の活動も低く、自己コントロールする前頭前野の活動も低い
・報酬の感受性を示す側坐核は、意欲・やる気をつかさどる部分でもある

この研究の結果を参考に(やや乱暴な議論になるかもしれないが)、前述の企業の不正検査などの事例を改めて考えてみる。
まず、“うそつき群”は、報酬の感受性が高く、上司の意向をよく汲み取り、配慮(忖度)して仕事をするやる気のある有能なスタッフといえそうだ。

次に、不正検査を行った現場スタッフ及びその部門は、ルール違反(または法令違反)は重々承知のはずにもかかわらず、なぜ不正検査を実施したのか。正直に記載して得る報酬よりも優先される報酬を感じて、不正検査(うそ)を選んだのであろう。では、不正検査の現場スタッフの報酬の感受性とは何を指すのか。(科学的根拠のない私見ながら、)プラスの報酬ではなく、自分(または自部門)に対するマイナスの報酬(評価)と考えられる。トップダウンが強く、上司に逆らえない社風で、慢性的な人手不足や設備の老朽化など不十分なリソースしかなく、多すぎる業務量を期限までに終わらせることが難しい状況に置かれるとどうするか。業務の遅れが、自分(自部門)に対するマイナス評価(極端な場合は、パワハラの被害者)になることを敏感に感じ取り、自分にかかる火の粉を払うために、前頭前野が(自己の行動をコントロールして)不正検査でも良いと選択したと考えられないだろうか。

企業トップの責任について、現場部門の不正検査を抑止できず、発見、監査できなかたコンプライアンス体制が不十分であったとする報告書もみられる。ある企業の記者会見で、幹部が『コスト管理と品質保証の「優先順位が正しく判断されていなかった」と語った』と書いた以前の日経記事がある。(※注2)現場スタッフが優先順位を正しく判断しなかったのが原因という幹部の見解である。このコメントには大いに異論がある。

会社として、またはトップが不正検査を直接指示したとは思えないが、前述したような慢性的な人手不足と業務オーバーで納期を守るのが非常に困難な状況で、トップから出される様々なメッセージ(例えば、納期必達、売り上げ最優先など)から、“うそつき脳”が自分の不利益にならないような選択をして、結果として不正検査をしたことは十分に想定される。

自動車メーカー各社HPのビジョン・ミッションから、コンプライアンス関連のキーワードを拾ってみると、「信頼される企業として誠実に活動(三菱)」、「信頼される企業(日産)」、「お客様第一を基軸に(スバル)」、「お客様・社会の期待に応え・・・誠実に、正しい仕事(日野)」の言葉が掲げられている。これらのキーワードを処世訓のごとく掲げただけでは、“うそつき脳”の対策にはならない。自らの行動をコントロールするために、社員個人のぞれぞれの報酬の感受性にヒットしなければ行動にはならない。言い換えると、トップの日ごろのメッセージや行動で、会社として最優先(本稿では、コンプライアンス違反をしない)であることを社員に納得させ、迷った場合にもこの最優先項目を選択して行動できるようにしなければならない。

うそも方便の言葉もある。たわいもないうそは誰でもついたことがあるだろう。しかし、本稿で取り上げたうそは、ほとんどの自動車メーカーで発覚し、顧客や社会の信頼を失い、大損害を被ることとなった。一般には、企業倫理リスクマネジメントともいわれるが、単にコンプライアンス順守を宣言するだけでなく、“うそつき脳”に対するリスクマネジメントが必要であることを、日本を代表する有名企業が教訓として示してくれたといえる。

【脚注】
・注1:嘘つきと正直者の脳の メカニズム(京都大学こころの未来研究センター 阿部修士 准教授)
・注2:スズキ・日産、検査不正のドミノ 疲弊する製造現場(日経新聞 2018.9.26)

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岡部 紳一[アニコム損保 監査役・博士(工学)]

◇◇岡部紳一氏の掲載済コラム◇◇
◆「傍目に見ると、病院リスクマネジメント」【2022.10.6掲載】
◆「病院が停電したら?」【2022.5.6掲載】
◆「かぼちゃと慰謝の相場」【2021.11.4掲載】
◆「社長と組織にリスクが見えているか」【2021.8.31掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2022.12.27