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(掲載日 2006.05.19)
韓国ES細胞捏造事件の闇の奥
(Heart of Darkness)
<連載6> ヒューマン・パテントーム(人体特許)をめぐる
米韓知財戦争の顛末
投稿者  澤 倫太郎
 日本医科大学生殖発達病態学・遺伝診療科 講師

■ソウル中央検察の判断が示すもの

 ソウル中央地検特別捜査チームは5月12日、黄ウソク元ソウル大学教授を特定経済犯罪加重処罰法上詐欺と業務上横領、生命倫理法侵害などの容疑で在宅起訴した。同元教授とともに在宅起訴されたキム・ソンジョン研究員には業務妨害と証拠隠滅巧詐の容疑、李炳千(イ・ビンチョン)、姜成根、尹賢洙(ユン・ヒョンス)教授らには詐欺容疑を適用。卵子提供に関わったチャン・サンシクハンナ産婦人科院長については、生命倫理法侵害の容疑で在宅起訴し、イ・ヤンハン国立科学捜査研究所研究室長は、遺伝子指紋分析検査をして約200万ウォンを受け取った容疑(背任収賄)で国科捜に懲戒通報することにした。

 欧米メディアは、このニュースを一斉にトップで報じた。米CNNテレビは「韓国がES細胞の先駆者を起訴した(S.Korea charges stem-cell pioneer)」との見出しを付け、「黄博士が横領と生命倫理法違反の疑いで検察に起訴された」と報じた。

  フランスのAFP通信も「名誉が失墜された韓国科学者、起訴される(Disgraced stem cell scientist indicted)」との見出しで、黄元教授と研究員が起訴された事実を緊急ニュースとして報じた。また、英BBCテレビは「韓国科学者、違法行為の疑いで起訴(S.Korea Scientist on fraud charge) 」と報じた。

 起訴状の内容は、要約すると黄元教授チームのES細胞関連研究は、キム・ソンジョン研究員が単独でやった「ES細胞すり替え」と同博士が陣頭指揮した「論文発表」が結合した詐欺劇だった、というものである。

 つまり、「ES幹細胞すり替え」疑惑の真実は、キム・ソンジョン研究員が「治療に直結する患者適応型ES細胞培養」を成功させなければならないという重圧から、ミズメディ病院の受精卵由来ES細胞の細胞を盗み、黄元教授チームのES細胞培養シャーレに入れたものだったということ。また、同元教授が、論文の捏造の事実を知りながら、2005年度研究予算として政府や企業からのES細胞研究に対する支援金のうち20億ウォン(約2億4,000万円)以上を詐取し、さらに約6億ウォンを横領したことにあるというのだ。黄元教授は、卵子提供者に25回にわたり3800万ウォンを提供した生命倫理法違反罪にも問われた。

 黄元教授の側近だったソウル大学の姜成根、李炳千(イ・ビョンチョン)教授と漢陽(ハニャン)大学の尹賢洙(ユン・ヒョンス)教授もそれぞれ数千万ウォンから数億ウォンの研究費を横領したことも今回の捜査で明らかになった。

 しかし、ここから先が問題である。検察は、論文捏造については「論文偽造で処罰した前例がなく、学会が独自に判断する問題」として立件を見送ったのである。つまり、起訴状に挙げられた「患者適応型ES細胞樹立」以外の技術に関しての信憑性は証明された、ということではないだろうか。

■ソウル大学の自己矛盾

 さらに不可解なのが、ソウル大産学協力財団が2004年と2005年のサイエンス論文を基に出願した幹細胞特許をめぐる対応の仕方である。

 同大は、2004年12月と2006年2月に特許協力条約(PCT)に基づいて、2件の幹細胞国際特許を出願した。しかし、論文捏造事件の発覚で、3月に黄元教授はソウル大学を懲戒免職されたことで、この特許出願の手続きそのものは凍結状態に陥った。ソウル大産学協力財団の鄭振鎬(チョン・ジンホ)団長が認めているとおり、「ES細胞の根拠論文が撤回された上、クローン幹細胞も存在しないことが明らかになったため、特許出願範囲も調整されなければならなくなった」わけだ。

 しかし、4月2日、朝鮮日報は、同大が3月31日に黄元教授の要請に応じて、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)関連の国際特許出願内容を「原案通り維持する」ことを決めたと報じたのである。鄭団長によれば「発明者の黄元教授が(出願内容を)変えないよう要請してきたため、それを受け入れ、維持することにした」という。そして黄元教授が「米国など16の主要地域に特許を出願中。後援会の資金で経費を賄うことを望んでおり、その件で協議している」ことも明らかにした。

 さらに、鄭団長は「2月に公開されたジェラルド・シャッテン米ピッツバーグ大教授の国際特許内容のうち、一部は黄元教授研究グループの業績を引用していることが明らかになった」と述べ、ソウル大はシャッテン教授の特許出願に黄教授などを共同発明者として入れるか(注1)、シャッテン教授の特許請求範囲から人間部分を排除するかのいずれかを米特許庁に要求する方策を検討するという方針まで打ち出したのである。

 2つの論文に示された技術の特許権を維持するためには、それぞれ2006年6月30日と2007年8月3日に個別に国家に出願を行わなければならない。確かに韓国では、国立大教授の発明の管理責任や所有権は、所属大学(ソウル大産学協力財団)が有するが、発明物の内容の変更などに関する権限は本人にある。したがって、黄元教授から、そのような要請があること自体はおかしくはない。

 しかし、このソウル大学の反応は奇妙といわざるを得ない。なぜなら、黄元教授の実験データの真贋を検証したのが同大学自身の調査委員会なのである。そして、その調査結果は「クロ」だった。現に、黄元教授も3月に懲戒免職処分されているのだ。通常は特許申請そのものを引き下げるのが筋であろう。

 大学当局は、あえて特許範囲を縮小・修正してまで、黄教授の特許を維持・継続するというのである。韓国の最高学府ともあろうものが、何故このような自己矛盾に陥るのか?

 答えは簡単だ。つまり「技術特許の核は間違いなく存在する」ということである。ソウル大学は世界にそう伝えたのである。おわかりだろうか?「どこまでが真実で、どこからが虚構なのか?」という疑問への解答は、実はいまだ深い闇の中に封印されたままなのである。

■どこまでが真実なのか

 このことからも分かるように韓国ES細胞論文捏造事件の背景は複雑だ。日本の研究者たちの、功名心と、研究成果とビジネス化の目的と手段が逆転した末の、薄っぺらなデータ捏造事件とは明らかに異なる構造が見え隠れする。そのポイントを今一度、整理しておこう。

 まず、はじめに再認識しておくべき真実とは、韓国研究者たちの哺乳類体細胞クローン胚作成技術が、間違いなくトップレベルにあったことだ。世界初のクローン犬作成の成功をみても、これは疑う余地はない。第二に、研究材料として、「十分過ぎるほど豊富な卵子の獲得」という欧米文化では最大の「倫理的な壁」を簡単にクリアした韓国文化の真空があること。そして、この文化土壌を規制するのではなく、むしろ推進する方向で、国策として研究を主導した韓国政府の明確な意図と「倫理の壁」を簡単に無力化する「インターネット空間」の存在を忘れてはならない。

 黄元教授の専門分野が畜産工学であったことが、彼の行動原理に微妙なねじれを生じさせたのだとする意見もある。医師は専門外の技術者の介入を好まない。特に韓国において、異なった識者(両班:ヤンパン)同士のテリトリー意識とプライドの高さはわが国の医療従事者には想像もつかないレベルなのである。医業と薬業の対立から韓国医師会会長が投獄された一件をみてもそれは明確に理解できるであろう。

 当初は医学と畜産生命工学の「知の融合」という理想的な「医工連携」のプラットフォームの上で、研究は順調に展開するかに思われていた。しかしシャッテン教授の突然翻意を契機にして、ひとたび知のプラットフォームに小さな亀裂が生じるや、最後は韓国研究者同士のスキャンダラスな告発合戦にまで発展するのである。

 しかし、この事件の底に流れるのは、生命科学における「ヒューマン・パテントーム(人体特許という意味の造語)」をめぐる米韓両国間の過酷な知財闘争ではないのか。このことを検証するために、人体特許のフロントランナーである米国が、どのように対応したかを時系列に沿って見てみよう。

■アリバイ作りに奔走するアメリカ・アカデミズム

 事件の渦中、米国のES細胞樹立の老舗であるウィスコンシン大学のジェームス・トムソン教授グループが2006年1月1日付けの科学誌ネイチャー・バイオテクノロジー(電子版)に、「有害な病原体が潜んでいる恐れがあるマウスなどの動物成分を全く使わずにヒトES細胞を新たに培養することに世界で初めて成功した」と発表した。

 「従来、培養にはマウスの細胞や牛の血清が必要だったが、人の体内に入った場合の安全性が不明で、除去が重要な課題だった。今回の成功でES細胞の再生医療への応用に向け一歩前進したといえる」――。このトムソン教授のコメントからは、この分野での第一人者としての自信がうかがえる。

 次いで2月22日。ピッツバーグ・トリビューン・レビュー紙が、シャッテン教授が、昨年9月に黄元教授が捏造した論文を基に、米国保健研究所(National Institutes of Health:NIH)から5年間で1,610万ドル(約16億円)の補助金を得る承認を受けていたと報じた。

 その論文とは、2005年に「サイエンス」誌に掲載された患者対応型ES細胞の研究結果についてのものである。しかも、このビッグ・グラント(大型補助金)はシャッテン教授が属する幹細胞研究所の増築コストも含まれており、共同研究者として韓国人研究者のパク・ウルスン、朴鍾赫(パク・ジョンヒョク)両研究員も補助金支給対象者に含まれている、という。

 この報道は非常に興味深い。なぜなら、NIHの補助金申請時(昨年6月頃)に捏造は明らかになっていなかったとはいえ、NIHが「捏造されたとされる患者対応型ES細胞樹立の方法論」を最終的に評価したことになるからだ。実際のグラント・ペーパーを見てみなければ解らないが、おそらくNIHが高く評価したのは、一連のヒトES細胞樹立の基礎技術となり、世界初の犬クローン樹立にも寄与したパク・ウルスン氏の核移植技術であろう。

 そして2月28日には、前述したトムソン教授と並ぶアメリカES知財の2大巨頭の一人、ジョン・ギアハート教授の所属するジョンズホプキンズ大学の生命倫理研究所が中心になって英国で開催した国際的な有識者会議で、「ES細胞に関する国際研究の指針作り」が高らかに宣言されたのである。

 この会議については、ワシントン発の共同通信の記事を引用しよう。

 日米欧や韓国など14カ国の科学者や倫理学者らが参加する有識者団体が、人体のどんな細胞にも成長できる胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の研究を国際協力で進めるため、計19項目の指針を27日までにまとめた。科学者には研究を倫理的に、法を守って行う義務があることを明言する一方、科学の発展に対応できる柔軟な法の必要性も強調。韓国のES細胞論文捏造(ねつぞう)問題を受け、科学誌には、研究内容の信頼性を確認する努力を強化するよう求めた。

 この団体は、米ジョンズホプキンズ大生命倫理研究所などが選んだ、各国を代表するES細胞研究者、倫理学者、法学者ら計約60人で構成。日本からは中辻憲夫(なかつじ のりお)京都大再生医科学研究所所長が参加し、24日までの3日間、英国で指針の内容を議論した。

 科学誌に対しては、作成したES細胞が本物であることを証明するデータや、卵子などの細胞入手先を論文発表者に提出させるなど、検証のための態勢強化を勧告した。

 ES細胞から、さまざまな細胞や臓器を育てられれば再生医療を飛躍的に進めると期待されている。だが、ES細胞をつくるには生命の始まりである胚(受精卵)を壊す必要があるため、宗教的、倫理的な観点からの反対も強く、研究をめぐる政府レベルでの国際指針づくりは困難とされている。

 中辻所長は『各国の多様な分野の専門家が合意した内容には重みがあり、将来的には政府間の議論の土台にもなり得る』と評価している

 額面通り捉えれば、中辻所長の評価は妥当なものだろう。しかし、韓国のスタンスが自国側の研究成果の「特許上の」正当性を支持するものであったことから想像するに、治療に直結する「患者対応型ES細胞樹立」に関する技術と、これを支える高度な個体クローニング技術をめぐり、米韓両国の間になんらかの緊張が生じた可能性は否定できない。

  この問題の本質が白熱した米韓パテント争奪戦であるとすれば、この「壮大な国際間の取り決め」も、米国知財戦略の意図を汲んだ研究者たちの「滑稽なアリバイ作り」と、うがった見方のひとつもしてみたくなる。この欠席裁判のような国際間の取り決めに、韓国側が反駁しても、なんらおかしいことはないのである。そして、その反駁が、前述した韓国地検、ソウル大学の反撃につながってくるのである。

■米韓特許戦争の真実

 忘れてはならないのは、米国にとって、人体特許は、エネルギー覇権と同様に重要な国家戦略である、ということだ。このことは、米政府が、遺伝子特許における自国産業の競争優位を支えるために、法律や制度まで柔軟に変えるしたたかな姿勢を示していることでも明らかである。

 例えば、米国は、現在のところヒトゲノムに含まれる約24、000の遺伝子のうち、すでに約1/5の遺伝子のDNA配列に対して、その検査方法を含めた複数の特許権を獲得している(注2)。この米国の姿勢に対しては、欧州やカナダから異論が唱えられているほどである。クローニング技術をめぐり、米国が自国の利益を守る国家戦略として「パテント・ウォーズ(特許戦争)」を韓国に対して展開してもおかしくはない。

 米政府の知的財産に関する国家戦略の歴史は旧い。そのはじまりは1982年にまでさかのぼる。同年、米政府は連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)を創設、全米の特許裁判など知的財産訴訟の控訴審をここに集約し、知財の強力な保護を開始した。1998年7月、CAFCは投資信託の管理手法にも特許権を認める決定を下し、情報技術を使った経営ノウハウなどに関するビジネス・モデル特許を真正面から認め、特許の歴史を塗り替えてきた。

  「人体特許」のなかで、再生医療の分野は、心筋再生、血管再生、皮膚再生など、骨髄や末梢血中にある幹細胞を使用した方法の一部はすでに高度先進医療として認可され、現実の治療法として、すでに学問的にも広く認知されており、治療効果も非常に高いことが明らかになっている。当然特許を得るうえで「最もおいしい」とされる分野である。

 しかし、米国では、ダイレクトに医療そのものの質を変える究極の再生医療技術であるヒトES細胞樹立に関しては、樹立の過程で受精卵を破壊するプロセスの倫理的問題から、国からの研究予算はおりない。つまり、この莫大な利益を産む新しい医療技術のビジネス化に、今一歩、前進し切れていないのである。

 そして、その間隙を衝いて、韓国の研究グループは、自他共に認めるフロントランナーたる米国に対し、あからさまなパテント・ウォーズを仕掛けたのである。これに対して、アメリカ・アカデミズムは大慌てで事態収集と、滑稽なまでの知的財産がらみのアリバイづくりに躍起になった―――。

 そして、韓国政府にこの戦争を仕掛ける原動力を与えたのは、韓国社会の隅々にまで浸透した「半島統一思想」なのである。韓国社会はひとりの研究者を「世界のクローン王」「韓国の神話」として持て囃し、黄元教授に「神の座」を約束した。そして、もうひとつの国家計画であるIT立国の成功が、この流れを加速させたのだ。このような社会背景が、本来は、優秀で熱心な研究者の心の奥底に潜む野心に、暗い闇を生じさせたのであろうか。

 ポーランド移民の英国人作家コンラッドは「闇の奥」のなかで、文明から遠く離れた暗い原始の密林のなかで、神となった象牙採掘人カーツの口を借りて、こう語る。

 「人間のなかには、道を踏み外すことさえ出来ない馬鹿もいれば、闇の力の強さを意識することさえしない鈍感者もいる。僕は思うに、馬鹿が悪魔に魂を売った例はないのだ。もっともなかには神の姿、神の声以外にはなに一つ見えない、聞こえないという、途方もない人間放れのした聖人もいるのかもしれない。だが彼らにとっては、もはやこの地上はただ立って呼吸をしているだけの場所なのだ。そして僕等大多数の人間というものは、馬鹿でもなければ聖者でもない−」(岩波文庫:中野好夫訳)

 次回はクローン・ビジネスのタブーとそのタブーを破ってまでクローン技術を極めようとする半島統一思想の裏側を探る。

(注1)
  2003年から黄教授の研究パートナーであったシャッテン教授は、2004年4月の時点でヒトES細胞樹立方法に関連する特許を米特許庁(USPTO)に出願している。しかしこの時点ですでに研究共同者であったはずの黄元教授の名は、特許申請者のリストから除かれていたのである。そして、2005年11月、シャッテン教授は共同研究から突然の離脱を表明するのだ。

(注2)
 ゲノム創薬の真実

 ゲノム配列の情報は、本当に莫大な富を産むのだろうか?わが国の知的財産関連の会議においては、いまだに「ゲノム創薬の夢」が語られている。今年に入ってからも、あからさまに「ゲノム創薬」を謳う製薬会社のテレビ・コマーシャルが流れているのを見て、筆者は腰を抜かしそうになった。「ゲノミックス」という単語は、米国ではとうの昔にすたれたアナロジーだからである。これは製薬業界の株価安定のために流布されたデマゴーグか、ガセネタの類の情報であるといわざるを得ない。

 ゲノム情報が富に変わるのは、現在のところ薬剤の副作用に関する遺伝子があるかどうかの検査法の領域か、「夢の新薬開発」をポジティブ材料にした全く古典的な株価操作に限られているのが現状だ。会員諸氏よ、いまいちど現実を見極めて欲しい。「ゲノム解析による新薬」や「遺伝子治療」などは所詮、夢物語の域を出ないのだ。

 わが国においては、小泉首相を議長とする知的財産戦略会議の設置が2002年であった。実に20年遅れのリバイバルだったのである。そして、内閣府の会議内では「医療関連行為に関する特許議論」もあり、筆者も参加した。しかし、その内容はと言えば、官邸の裏でうごめく製薬企業や医療機器メーカーの姿が透けて見える、いかにも付け焼刃的な貧弱な国家戦略であった。そしてその結果が、国立大学や国立研究施設におけるパテントがらみのデータ捏造であったならば、これもひとつの「国家主導がもたらした悲劇」といえるだろう。会員諸氏にひとつ忠告しておこう。大学関連の医学研究者の名刺の肩書きに、もし医薬系ベンチャー企業執行部の肩書きが加えられていたら、その研究者の医療提供技量はまちがいなく「ゾロ」だと見てよい。ゆめゆめ患者など紹介することなかれ。諸氏が患者からうらまれるだけだ。

 このことをもっとも如実に現しているのが、ネイチャー、サイエンスと並ぶ一流科学誌「ニューイングランド・ジャーナル」の前編集長で、タイム誌が「アメリカの影響を与える人物トップ25」にも選出したマーシャ・エンジェルの著書「ビッグ・ファーマ−製薬会社の真実」である。この著作のなかで、彼女は「米国製薬業界の実態」という最大のタブーに挑み話題を呼んでいる。

 「製薬会社はようやく自らが新薬の生産性の低い乾季に入ったことを認めるようになったが、それでも遺伝子研究の進歩がもうじき重要な新薬の開発に無限の可能性を切り拓くだろうと強く主張している。それは確かにそうかもしれないが、この数年の間にはおそらく起こることはないであろう。しかし、この主張から分るのは、製薬業界が外部の研究結果が出るのをじっと待っているだけだということである。製薬業界はまさにゴトーを待っているのだ。製薬業者がゴトーを待っている様子は、製薬業界自身が謡っているような画期的な研究を輩出している活力のある産業だというイメージには程遠いものだが、これが偽らざる真実なのだ」

 ニューイングランド・ジャーナル誌の前編集長という筆者のキャリアがなければ、とうてい出版まで行き着かなかっただろうといわれる過激な内容だが、逆にそのキャリアが、彼女の言論に十分な説得力と重みを与えているともいえる。

 「新薬の開発に8億ドルかかるなんてうそ。金銭をくだらないキャンペーン(宣伝費や無駄な飲み食い)や、時間を浪費するだけの馬鹿げた研究会に使わず、本当に研究に必要な金額だけを使えば、1/8のコストで新薬はつくれる」

 彼女の容赦ない指摘には満腔の賛意を示したい。これは日本においても全く同様に見られる現象だ。信じられないかもしれないが、週末の首都圏の一流ホテルの会議場を注意深く覗いてみればいい(なぜかホテル・オークラが多い)。何らかの新薬の研究会と称される会合が開催されているはずだ。以前は日本の製薬企業の十八番(おはこ)だった食事接待付キャンペーンだったが、日本国内医薬品業界の再編がすすみ、最近はこの類の研究会は、外資系製薬企業、医療機器メーカーによって主催されることが多くなっている。これが新薬の薬価や医療機器のコストに反映されるとしたら、これほど馬鹿げたことはあるまい。

 製薬会社と日本の医療の靠れ合いとその負の作用に関しては、いずれこのサイトで、改めてレポートする。

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