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(掲載日 2006.10.17)
新しい医療制度へ国民的議論を <連載1>
投稿者  山口赤十字病院 医師 
 村上 嘉一
■はじめに

 本稿では現場の医師の立場から見た医療崩壊の原因や医療崩壊を食い止める方法、新しい医療制度のあるべき姿について私なりの意見を述べさせて頂きたいと思う。

 日本の医療制度は現在いくつもの深刻な問題に直面しており、従来どおりの仕組みではもはや成り立たなくなってしまった。日本の医療はタイタニック号のような状態である。やがて沈没することは避けられない状況であり、新しい船(医療制度)の建造が必要とされている。

 政府は船をまったく別の形に作りかえることを計画している。「規制緩和」や「市場原理の導入」を行い、アメリカ型の医療を目指す考えのようだ。しかしそこでは健康を守ることは国の仕事ではなく個人の「自己責任」とされ、医療は福祉ではなく「商品」になる。それで医療が真に良くなるのであれば、それでも良いであろうが、政府が混合診療の導入を目指すのは医療への国庫支出の伸びを抑え、同時に株式会社などにビジネスチャンスを提供することが目的である。その結果、公的保険でカバーできる医療の内容は制約され、自費での医療費のみが増大し、国民は同じ医療サービスを受けるために今まで以上の出費を強いられるであろう。

 企業の本質は営利団体である。企業が医療に参入しても金を払えない社会的弱者に対する医療は悪くなるばかりで、一部の裕福な特権階級のみが高度の医療を甘受し、多くの国民が医療難民となるのではないか。私は今国が向かおうとしている方向は、やがて多くの国民を荒海に投げ出すばかりでなく、日本人の精神性や徳性をますます破壊し人心を荒廃させ、社会全体に深刻な問題を引き起こすのではないかと危惧している。

 では現状のままの医療制度にただ資金を投入すればよいかというとそうではないと思う。私は現行レベルの医療水準は公的保険で保障し、そのための医療費の自然増は国庫から負担すべきであると考えているが、そうして弱者への医療を保障した上で、現状のような社会主義的統制制度をこそ規制緩和し医療に資本主義的競争原理を持ち込む必要があると感じている。その方法については、後ほど述べたいと思うが、ここで私が強調したいのは、医療は国民的関心事であるから、新しい船をどういう船にするかは、政府が勝手に決めるのではなく、乗客である国民全体に十分に説明され、国民的議論を経た上で決定されるべきであるということである。

 しかしながら、議論をするためには前提となる正しい知識が必要だ。日本の医療が崩壊しようとしている原因を正確に理解した上で新しい制度を作らなければ決して良い制度にはならない。

 現場の医師として感じることは、報道の内容が医療の問題の一部分のみしか報道しておらず、その結果一般の方々の認識が現場の実情とはあまりにかけ離れているということだ。最近になりようやく医療の危機が報道され始めたが、その内容も正鵠を得ているものはごく一部だ。

■海外と比べた日本の医療

 日本の医療費は高いと思っている方が多いのではないかと思う。今回は、海外と比べて、それがどれだけ事実とかけ離れているかを示そうかと思う。

 OECD Health Data 2006によると日本の医療費の対GDP比はOECD加盟30カ国中第21位。統計のないロシアを除くサミット開催国(G7:主要7カ国)中では最低である。

 最近まで、イギリスが日本と僅差でG7中最下位であった。しかし、医療の荒廃が社会的な大問題となり、その原因を調べたところ、過度な医療抑制のせいであったという結論に至り、これまでの政策を転換して医療費を1.5倍に増やし、EU平均まで引き上げるという改革を実施中だ。こうしたことを背景に、日本の医療費は、2004年以降、イギリスを下回り、G7中最も低い水準に抑えられることになったのである。

 一方で、日本の国民一人当りの年間受診回数は世界一である。欧米と比べると約4倍の頻度である。日本では医療機関の受診頻度が高いにもかかわらず、医療費の総額を比較的低い水準に抑えられることができている点に注目していただきたい。これは、個々の医療費の単価が世界最低の水準に抑えられているからだ。一回受診当たりの総医療費の平均は日本では7000円。これが、アメリカでは6万2000円、スウェーデンでは8万9000円と約十分の一も低い水準で済んでいるのである。

 しかも、病床あたりの医師数は他の国に比べて圧倒的に少ない。アメリカの病床あたり医師数は日本の5倍、ドイツも日本の3倍である。日本では少ない医師が安い治療費でたくさんの患者さんを治療しているということである。

 また、受診の手続きも諸外国に比べて簡素である。外国では、多くの場合まず開業医を受診してからでないと専門医を受診できず、開業医を受診するにも予約が必要である。専門医へ紹介されても何ヶ月も先にしか予約が入らず、仮にそこで癌が発見されても手術を受けるのにさらに何ヶ月も待たされる場合もある。

 日本では面倒な手続きなしに直接自分の受診したい病院を受診でき、国民皆保険制度よって世界一安い費用で良心的な医療を受けることができる。事実、日本の医療達成度はWHOから世界第1位(ちなみにアメリカは第37位)と認定されているが、このことを知っている方がどれだけいるのであろうか?
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