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コラム
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「第四話「怒りの日記」連載小説(小説『年金の不都合な真実』)」 杉山 濫太郎
(掲載日 2007.06.26)
<舞台> アジアのとある国
<設定> 大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。
<主な登場人物>
 ○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
 ○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
 ○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
 ○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
 ○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
 ○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
<< 第三話 「マルチ・スライド」
<前回までのあらすじ>
 保険勤労省の年金局数理調査課の三森数馬が自殺した。毎夕新聞の記者、島谷涼風は、そのことを東都大学の西山勘助・准教授に知らされて記事を書いた縁で、数馬の母に数馬の日記を託された。

 自殺した保勤省年金局の三森数馬の日記のコピーを持ち帰った涼風は、読み始めるとその難しさに頭を抱えた。日記なので、数式が並ぶようなことはなかったが、年金制度について、学んだことやその感想が専門用語で書かれている。我慢して読んでも、つい集中力が途切れる。ふと、数馬の母の言葉を思い出した。

 「数馬を死に追いやったのは斎藤補佐」

 そんな時には、連想がつながる。

 「マスコミなんてさあ、たいしたことなんだよ。ころっと騙されてさあ。手応えないんだよなあ」

 それは、斎藤誠一郎が場末のスナック「かず」で、得意げに語った言葉だった。

 涼風は、大学4年生だった2年前、「かず」で明日香と名乗って働いていた。マスコミ志望だから、社会勉強になるなどと、大まじめに考えて始めたアルバイトだった。最初は無謀にも、都心のクラブの面接に行ってみたりしたのだが、まるで相手にされなかった。仕方なく、求人情報誌に載っていたこのスナックに決めたのだった。

 そんな場末のスナックに斎藤が来たのは、介護関係の担当をしていた時に知り合った出入りの業者に連れてこられたことがきっかけだった。明日香を気にいった斎藤は、月に2回ぐらいの頻度で、「かず」に通うようになる。

 年金改革は保勤省にとって一大イベントだ。改革に向けて2年ぐらいかけて世論を作っていく。これを実質的に取り仕切るのが年金局企画課の課長補佐の仕事だ。この仕事をうまく乗り切ると、将来的には次官の芽もあるとさえ言われる。斎藤が「かず」に現れたのは、その職についてまもなくのころだった。

 涼風が西山勘助の教え子で、将来、毎夕新聞の記者になるなどとは想像さえしていなかった斎藤は、明日香の気を引きたい一心で語っていた。「かず」のママ、和美は、ホステスの心得として、「男が得意になって話すことは優しく聞いてあげるのが私たちの仕事なのよ」と語っている。涼風は、その通りの展開だなと思いつつ、関心がある話題でもあったので、大まじめな顔で相づちを打ちながら聞いた。斎藤は大得意になって話す。

 「『100年保証』なんて、よく黙って聞いてるよなあ。たまたま言ったことが、そのまま国会で出てきちゃって驚いたけど、まともな反論がないんだよねえ。普通に考えたらありえないのにさあ」

 「『100年保証』って、斎藤さんが考えたの? すごおい。テレビは年金のことばっかり流してるじゃない」

 「まあね。会議で、どうしたら国民にわかってもらえるかって話になってさ。ちょっと思いつきで言ったらこんなことになってね」

 (斎藤さんかあ、調子のいいこと言っていた、あの人のことだわ)。そう思いながら、日記は、ほとんど上の空で読み進めていた涼風だったが、ある日のページで目が釘付けになった。

  斎藤は許せない。こんな調子で制度改革を続けるというのか。年金制度はその場を繕えばいいというものではない。国民の生活設計のベースになるといってもいいものなのに、自分の出世の道具ぐらいにしか思っていない。

 (これはきっと、斎藤補佐のことだわ。何があったのかしら)。日記は次のように続いている。

 「100年保証」なんて、あまりにも無責任だ。いまの計算の前提の通りになれば、100年先まで給付はできるが、その前提自体がありえない。どうして、国民に本当のことを伝えて、抜本的な改革をしたいと訴えないのか。この機を逃したら、国民が制度をボイコットすることになる。

 (前提って何だったかしら)。涼風はあわてて前のページにさかのぼって読み返した。

 その1カ月前に答えはあった。

 賃金上昇率2.0%
 物価上昇率1.0%
 運用利回り3.2%

 この3つの数字が並び、その下にはこう書いてある。

 賃金上昇率が2%ということは、5年で給料が1割増えることになる。ひとりの人が5年勤めたのであれば、その人の能力が上がるのに合わせてこのぐらい上がることはあるだろう。そうではなくて、サラリーマンの平均で毎年2%上がるということだから、わかりやすく言うと、新入社員の給料が5年たったら1割増えている、入社2年目も同様で、全体として支給される給料が1割増えことになる。

 サラリーマンの保険料は、給料が上がれば自動的に増える。制度は安泰だ。問題は、そんなに給料が上がるかどうか。我が国の製品が世界の競争にさらされる中で、企業は販売価格を引き上げることが難しくなっている。我が国のサラリーマンは周辺国の安い賃金で働く人たちと競争させられているということを忘れてはならない。

 (数馬さんは、私と同級生のはずなのに、こんなことまで考えている。私はなんて脳天気な生活をしていたのかしら...)。

 涼風は、日記を読む集中力を取り戻した。もちろん、難しいことはわからないが、わかる部分だけ読みつないでも、数馬の思いが伝わってくるようになったのだ。

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