オピニオン

  • 生活保護と医療

    2013:12:25:08:00:00
  • 2013年12月25日
  • 嶋田 丞(日本臨床内科医会 副会長)

はじめに

 
平成25年12月、生活保護法改正案が成立した。生活保護費の受給者数は毎年増加傾向が続いており、生活保護費も今年度は3.7兆円にも達する見通しである。すでに今年の8月から生活保護費の段階的な引き下げが始まり、10月からは後発医薬品の使用促進が前倒しで実施されている。
 
この法律は、生活保護費の増加に歯止めをかけることを目的のひとつとしている。しかし、一方で、生活保護受結者や医療機関にとって、不合理に思える部分も多い。
 
本オピニオンでは、特に生活保護の医療扶助に着目し、後発医薬品の問題も含めて検討し、論じてみたい。
 
 

1.生活保護制度の概要

 
生活保護制度とは、資産、能力等すべてを活用してもなお生活が困窮するものに対し、困窮の程度に応じた保護を行い、最低限度の生活の保障と生活の自立を促進することを目的とする。
 
対応する扶助には、食費や光熱費などの「生活扶助」、アパートの家賃などの「住宅扶助」、医療や介護サービスの「医療扶助」や「介護扶助」、その他にも、「教育扶助」、「出産扶助」、「生業扶助」、「葬祭扶助」がある。
 
保護の実施主体は、都道府県、市町村が設置した福祉事務所である。また、その財源は、国が75%、地方自治体が25%の負担となっているが、地方負担は地方交付税で措置されるため、不交付団体を除き、実質国がすべて負担している。
 
現在の生活保護受給者数は214.7万人で全人口の1.68%を占め、世帯数では156.7万世帯である(平成24年11月速報値)。その人口、世帯数共に毎年増加傾向にある。特に最近では、生活保護を受ける高齢者の増加が著しい。生活保護を受ける高齢者世帯は、10年前の40万世帯から60万世帯にまで増加した。高齢受給者数を年齢階層別にみると、60~69歳は46.6万人(23.0%)、70歳以上は56.8万人(28.1%)となっており、高齢者が受給者の半数以上(51.1%)を占めている。
 
平成23年度の生活保護費の総額は3.5兆円で、その内訳は、生活扶助1.2兆円(34.5%)、住宅扶助5300億円(15.4%)、医療扶助1.6兆円(46.9%)、介護扶助700億円(2.0%)である。つまり、医療と介護でその財源の約5割を占めているわけだ。生活保護費総額を予算ベースで追うと、平成24年度3.7兆円、平成25年度3.8兆円と、受給者の増加に伴って全体費用も増加傾向にあることが分かる。
 
 

2.生活保護制度の見直し

 
最近の生活保護費の財政負担の増加を受けて、政府は、生活保護制度の見直しと生活困窮者対策に総合的に取り組むこととなった。今回の改正のポイントは、不正・不適正受給対策の強化、生活保護受給者の就労・自立の促進、そして、医療扶助の適正化である。医療扶助の適正化の具体的中身は、医療機関が生活保護受給者に対し後発医薬品の使用を促すことの制度化等である。
 
生活扶助の基準見直しは、平成20年度以降の物価下落を勘案して最高10%までの減額とされ、平成25年8月から実施された。3年間で約670億円の減額となる。また、期末一時扶助の見直しもあわせて実施され、こちらは70億円の減額となる。
 
ただし、タイミングが問題だ。生活扶助は食費や水道光熱費といった基礎的な生活費である。デフレが終わり、物価が上昇しようとしており、消費増税も控えているというこの時に実施することは、結果として生活保護受給者を苦しめるだけの悪政に終わるのではないかということが懸念される。
 
 

3.生活保護受給者と医療

 
平成23年の行政刷新会議における財務省の考えは、医療扶助は全額税負担で自己負担がないので、患者と医療機関の双方にモラル・ハザードが生じやすいとの分析に基づき、後発医薬品の使用促進で適正化を図るべき、といったものだ。また、当時の民主党の生活保護チームや平成24年6月の参議院予算委員会においても、受給者にコスト意識を持たせるため、翌月償還の一部負担金や後発医薬品の使用促進を義務付けることが検討された。
 
平成24年6月の社保支払基金のデータによれば、1人1か月当たりの医療費に相当するレセプト1件当たり点数は一般1,374点(13,740円)に対し生保3,918点(39,180円)だった。また、1人1か月当たりの通院・入院日数に相当するレセプト実日数は一般1.18日に対し、生保2.42日であった。
 
生活保護受給者も高齢化に伴い、その医療ニーズは年々増すばかりである。60歳以上で約7割、70歳以上で約4割が医療を必要としている。特に、精神・行動障害と循環器系疾患が多いのが特徴(前者が全疾患の約3割、後者が2割を占める)で、治療期間が長期化している。診察1回当たりの医療費に相当するレセプト1日当たり点数は決して高くないが(1,619点=16,190円)、通院回数が多いために医療費が高くなっているのが現状である。
 
一部自己負担の導入や後発医薬品の使用を義務付けることは、社会的弱者である生活保護受給者に大きな負担をかけ、医療へのアクセスを阻害する懸念がある。また、彼らの薬の選択権を制限することにもつながり、大きな問題であると考える。
 
 

4.生活保護受給者と後発医薬品

 
平成20年4月1日、厚生労働省から「生活保護の医療扶助における後発医薬品に関する取扱いについて」(社援保発第0401002号)という保護課長通知が出された。その内容は、「後発医薬品は先発医薬品と品質・有効性・安全性が同等であるが、薬価が低いので政府は患者負担の軽減、医療保険財政の改善の観点から後発医薬品の使用を促進している。被保護者には、患者負担が発生しないので、後発医薬品を選択するインセンティブが働きにくい。必要最小限の保護を行うという生活保護の趣旨・目的により、医学的理由がある場合を除き、後発医薬品の使用を求めるものとする。」というもので、都道府県に通達された。
 
この通知が求めた現場での運用は、次のようなものである。処方医・薬剤師から後発医薬品の利用が可能と判断された場合、福祉事務所は、被保護者に対して後発医薬品を選択するよう求めるのを基本原則とする。具体的には、口頭や文書によって、被保護者に対し、後発医薬品を使用するよう指導・支持を行う。それでも選択しなければ、保護の変更、停止または廃止を検討する。
 
この課長通知は、どう考えても高圧的で人間性に欠け、生活保護受給者を差別しているとの印象が強く、生活保護患者の薬剤の選択権を奪いかねないと解された。その後の4月28日、参議院において野党議員から生活保護者が後発医薬品の使用を強制されているとの指摘を受けて、この通知は廃止されるにいたった。そして、4月30日、強制的な記述を改めた通知が出され、「生活保護を受けている方は後発医薬品を使用できる場合は使ってください。」との丁寧な言葉に書き換えられた。
 
その後、平成24年4月、医療扶助における後発医薬品の使用促進の通知が出され、改めて次のような運用が求められている。それは、処方医が後発医薬品の使用が可能と判断した生活保護受給者に対し、後発医薬品の効果、安全性、国策としての使用促進に理解を求めたうえでいったん服用することを促し、服用後に本人の意向を確認し、使用促進を図る、というものである。
 
そして、平成25年5月末、さらなる後発医薬品使用促進を企図した保護課長通知が出された。そこで示された運用は、処方医が一般名処方の場合、先発医薬品処方であっても後発医薬品への変更不可としていない場合は、原則として、後発医薬品を使用することになる。その際先発医薬品の使用を希望する受給者に対しては、指定薬局は一旦調剤するものの、先発医薬品を希望する理由を確認し、福祉事務所へ伝達することとなっている。
 
同通知によって、改めて福祉事務所は後発医薬品使用の周知徹底を図ることとされた。先発医薬品を希望する患者に対しては、先発医薬品を希望する事情を聴き、明らかな理由や妥当性がないと判断された場合には、福祉事務所の服薬指導を含む、検討管理指導の対象とされることとなった。
 
現状の運用は、平成20年に取り消しとなった強制的に後発医薬品の使用促進が形式を変えただけに過ぎないということに気づくべきである。
 
 

5.まとめ

 
国は、先発医薬品と後発医薬品を同等のものとしているが、臨床医の間では、後発医薬品への信頼度はまだまだ低い。その品質、流通、量の確保など、課題は多い。にもかかわらず、医療機関や指定薬局に対しては診療報酬上の加算等を通じて後発医薬品の使用を誘導し、生活保護受給者に対しては後発医薬品の選択を義務付ける政策を採り続けてきた。
 
このような現状のもと、医師、薬剤師ら医療関係者は、日々後発医薬品を処方し、調剤しながら、後発医薬品の使用が単に経済的理由によるものと判っているため、どこかで後ろめたさや言い知れない不安感を感じているのではないか。
 
医師は、患者の状態に応じてどの薬を処方するかを適切に判断して、医薬品を使う。経済的理由を最優先として後発医薬品の使用を誘導、義務付けるような政策の方向性は、医師の裁量権を侵害しかねない。加えて、患者にも希望する医薬品を選択する権利がある。現状、先発医薬品を希望する患者に対してその選択権を侵す行為が、生活保護受給者のみを対象としてまかり通っている。
 
生活扶助の減額だけでなく、安価な後発医薬品しか選択できなくするようなシステムも、一種の社会的差別の構造といえよう。かつて「貧乏人は麦飯を食へ」といった首相がいたが、今に至っても国はそれと同じことをしているのではないか。生活保護受給者の食と薬が危うい。
 
 
 
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嶋田丞(日本臨床内科医会 副会長)