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(掲載日 2009.10.06)
『OECD対日経済審査報告書2009』とポリシー・ロンダリング
投稿者 坂口一樹 (東京都在住)

 犯罪組織等が、汚い手段で得たお金を大っぴらに使えるようにする手段のことを指す「マネー・ロンダリング(資金洗浄)」という言葉があるが、近頃は、「ポリシー・ロンダリング」という言葉もあるらしい。

 「ポリシー・ロンダリング」とは、次のようなものである。

  • 「ポリシー・ロンダリング」:Policy(政策の基礎となる主義、主張、思想)を Laundering(洗浄)すること。主張の出所を隠蔽したり、権威付けしてもっともらしい意見かのように粉飾したり、目的が近しい耳障りの良い別の主張で包みこんで錯誤を狙い真意を隠して運動したりすることを指す。
  • (出典:ネット上の情報をもとに、一部を分かり易く筆者改変。)

     この種の言葉には、他に、
  • 「学歴ロンダリング」:海外の大学・大学院等に行って最終学歴の見栄えを良くすること。
  • 「うなぎロンダリング」:外国産うなぎを日本で短期間育てて国産にすること。

  • 等もあるという。世の中に「出所が知れたらマズい物事」がそれだけ増えている、ということか。

     さて、そんな「ポリシー・ロンダリング」という言葉を思い起こさずにはいられなかったのが、2009年9月30日に公表された『OECD対日経済審査報告書2009』の内容である。

     「日本は、規制緩和によって内需拡大型の経済成長を目指すべし。」という、どこかで聞いたような内容が、その報告書の主な提言であった。ただ、権威ありげな国際機関であるOECDが言うと、なんだかもっともらしい気がするのは私だけだろうか。「審査報告書」という名前もついており、なんだか神妙に言うことを聞かないといけない代物なのかと思ってしまう。

     しかし、これは気のせいではなく、確かに、マスコミの取り上げ方は違う。発表から1日経った10月1日時点で、記事検索サイトの『googleニュース(日本版)』におけるOECD対日経済審査報告書2009公表の関連記事の件数は、34件にものぼった。(ちなみに10月1日の日経新聞トップ記事「イトーヨーカ堂30店舗の閉鎖検討」の同関連記事件数は24件だった。)

     さらに医療関係者が注目すべきは、『OECD対日経済審査報告書2009』の言う「規制緩和」の中で、医療がかなり重要な位置を占めることだ。報告書の原本は、全5章からなる英文の文書だが、第4章は「Health-care reform in Japan: controlling costs, improving quality and ensuring equity(日本の医療制度改革:医療費コントロールと質の改善、および公平性の確保)」と題され、全5章のうち、まるまる1章を使ってわが国の医療制度について述べている。

     では、同報告書では、日本の医療制度についてどのような提言をしているのか。その概要を見てみよう。

    (日本の)医療制度は,医療支出をOECD諸国の平均以下に抑えつつ日本の際立った健康上の成果に寄与してきた.しかし,急速な人口高齢化と社会保障プログラムの改善のための計画は,医療関連支出の上昇圧力となる.特に厳しい財政状況にかんがみると,病院における介護からより低廉な介護施設や在宅介護への移動,後発医薬品の利用拡大,「健康長寿」を促進するといった効率性を改善させる改革を導入することが重要である.効率性の改善は,利用者の間で高まっている不満足に対応するよう,より質の高い医療サービスの提供を促す方策を伴うべきである.鍵となるのは,部分的には混合診療の更なる拡大によって,新薬,医療機器,そして先進的な治療方法へのアクセスを改善することである.医療保険制度下における個別診療科の不足や不均衡といった問題は,診療報酬設定の仕組みに欠陥があることを反映しており,より科学的・実証的な手法を導入すべきである.最後に,国民皆保険のためには,保険料支払に係るコンプライアンスの向上が必要である.
    (出典:『OECD対日経済審査報告書2009年版』日本語版サマリーより抜粋)


     またまた、どこかで見聞きしたような内容だ。財政制度等審議会とか、経済財政諮問会議とか、米国からの年次改革要望書の医療関連部分とかの提言で見聞きしたことがある。それらが提案する「医療制度改革」の案として、ここ数年、医療関係者がさんざん耳にしてきた内容とほぼ同じだ。

     主に小泉政権下で進められた医療制度改革の進展と時を同じくして、「医師不足」や「医療崩壊」が、これほど社会問題として顕在化するまでになった。その後、世界同時不況が日本経済を襲い、市場原理の限界が露呈した。かつて政府のブレーンとなって、市場原理を積極活用する政策を推進したが、結果としての世界同時不況後の現状を見て、懺悔と転向の書を出版した経済学者も現れた。

     にもかかわらず、OECDの報告書は、いまだに前と同じようなことを言っている。健康保険料も支払えないほど、経済的に困窮する人が増えているのに、混合診療を拡大してどのように医療の公平性を確保するというのか。医師も看護師も足りないというのに、薬や機器などのモノばかり増やして、どうやって医療の質を担保するというのか。報告書の論理は、破たんしている。

     だが、そのような提案に対し、いくら医療者側が“No!”と言っても、次から次に、いろんなところから同じような提案が出てくる。財政制度等審議会、経済財政諮問会議、米国からの年次改革要望書、そしてOECDといった具合に、だ。反論する側もそのうち疲れてしまう。また、それなりの権威がある色んなところから、何度も繰り返し同じ話を聞くものだから、何も考えずに聞いていると、それが正しいことだと錯覚してしまいそうだ。

     ただ、この現象は何なのだろう。なぜこのような現象が起こるのだろうか。

      「この現象は、“混合診療の拡大”や“医療格差の容認”をはじめ、日本の医療制度への市場原理の導入を根強く目論む人たちのポリシー・ロンダリングの結果である」、というのが筆者の見立てである。

     そうでなければ説明がつかないではないか。提案を公表する際には、日本の中央官庁の役人(そこからの派遣・出向者を含む)が、事前の会議などで出された提案を報告書にまとめることが多いのだろう。だが、会議参加のメンバーも、報告書にまとめる人々も、その度ごとに違うのだ。たまたま、偶然に偶然が重なって、同じような結論になるのだろうか。そうではあるまい。

     会議に参加する委員の人選から、報告書の執筆・公表までをコントロールし、表立っては姿を見せず「ポリシー・ロンダリング」を行っている“政策奥の院”が存在する、と考えるほうが妥当ではないか。OECDの報告書の記載も、彼らの「ポリシー・ロンダリング」の結果の一つに過ぎないのではないか。

     そして、最後に残る問題は、「その“政策奥の院”が誰(何)か?」ということである。それを突き止めるのは一筋縄ではいかない。文字通り、出所がロンダリング(洗浄)されているのだから。ただ、きっと恐らく、そのようなものが、この世に存在しているのではないだろうか。
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