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(掲載日 2006.09.05)
惑星騒ぎとメタボリック・シンドローム
投稿者  日本医療総合研究所 取締役社長 中村 十念
 新発見があった訳でもないのに、惑星の数をめぐって大騒ぎである。何個になろうが、天体の分類でコンセンサスができたと言うことに過ぎない。数え方が変わるだけで、だから何なのというレベルの話である。

 医療界にも似たような話がある。「メタボリック・シンドローム」という新語の登場である。すわ、新しい病気の登場かと思いきや、ほぼ成人病とか生活習慣病とか聞き慣れた用語の言い換えだという。

 そもそも「メタボリック」などという、おどろおどろしい横文字風なのが胡散臭い。メタボリックと言うのは「代謝の」という意味なので、メタボリック・シンドロームとは、糖尿病とか高脂血症とかの代謝異常に由来する伝統的な病気群のことだと思われる。言い換えるに過ぎないという意味では、惑星の数の話と同類項である。

 ところが、この「メタボリック」なる新商品がブームになっている。テレビのワイドショーにメタボリックの言葉が踊らない日はない。濡れ手に粟を狙う製薬メーカー、医療用具メーカー、食品メーカー等がスポンサーに付いて、メタボリックを連呼する。本屋に行っても、メタボリック本が山積みになっている。

 企業が何故このように大騒ぎするかには訳がある。厚生官僚の御墨付きがあるからだ。実は前の通常国会において、老人保健法を「高齢者の医療の確保に関する法律」に変更する決議がなされた。その条文に「特定健康」という文言が入れられ、「特定健康」とはメタボリック・シンドロームのことだとされたのである。

 その上で、40歳以上の加入者を対象に「特定健康」の健康診断や保健指導をすることを保険者に義務付けたのである。ご親切にも、この仕事は保険者の手に余るだろうと、保健指導については、大っぴらに外注化を認めることにした。外注先は、医師や医療機関は当然として、それ以外の公益法人や株式会社でも構わぬこととなった。更には、保険者は、外注先の誰に対してでも(営利企業であっても)、患者の医療情報を開示して差し障りないこととなった。巷では、2008年4月の法律の施行を見越して、この分野に進出を狙う企業等による保健師集めが横行していると言う。このような活動の裏には当然官僚の天下り先作りの作戦が透けて見える。

 今はちょうど予算の概算要求の時期である。案の定、厚労省はメタボリック・シンドロームをネタに予算の大幅な要求増をすると言う。予算を分捕り、官財あげて鎧や太鼓で「メタボリック・シンドローム祭り」をやろうという訳だ。祭りの神輿が数値目標である。つい、この間までは「健康日本21祭り」をやっていたのだが、これは天下り先確保に十分な効果が得られなかったということなのだろうか、急に尻つぼみである。

 生活習慣病対策は、運動や食事と治療薬の組み合わせという地味なものであり、劇的な効果が出るのは稀である。医療現場では、その対策が粛々と展開されている(私も患者の1人である)。そのような性格のものに、目標数値を掲げて鎧や太鼓で多寡を競わせても、偽装や粉飾が発生するだけであるのは、社会保険庁の年金収納率の例が示す通りである。

 同じ言い換えでも、惑星騒ぎでは、出版業界が潤う程度のことであろうが、法律と言う国家権力を伴うメタボリックともなると、かくもすさまじい破壊力となることについては十分学習すべきだ。

 もっとも、私は結果的には、この分野への営利企業の参入は大方実現しないと思っている。その理由は、(1)いくらおとなしい医師会でも、医師法第1条(※)によって定められた医師の本分を営利企業に侵されることについては、猛反対するであろうこと、(2)次には、個人情報を本人の承諾なしに第三者に開示することは国民の支持を得られないこと、(3)費用負担の増加に対し、景気回復が遅れている中小零細企業からの猛反発は必至であること、(4)更には、営利企業の経営者は退職者まで含めて幅広く課せられる守秘義務をコンプライアンス・リスクと捉えて、進出の決断ができないこと――等である。

 最後にメタボリック・シンドロームについては、労働安全衛生法との関係等、怪しげなところが、まだいくつかあることを申し添える。

(※)
医師法第1条・・・「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」
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