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(掲載日 2006.08.04)
理解されていなかった
医療機関の株式会社化問題
投稿者  日本医療総合研究所 取締役社長 中村 十念
 先月、外食産業のすかいらーくの株式非公開化が決定された。9月にも上場廃止となる予定だ。この上場廃止の目的は、表向きは、敵対的買収の防衛策などと言われているが、本音は下落した株価の回復にある。非公開期間中にいろいろお化粧した上で、再上場を果たし、上場益を狙うというシナリオである。買収資金の出資者に、現在のすかいらーくの横川会長をはじめ、野村プリンシパル・ファイナンスやCVCキャピタルパートナーズなどの上場益目的の投資ファンドが名を連ねていることからも明らかだ。事実、すかいらーくの株価は2000年度の4,000円から最近は2,000円前後まで下落していた。

 さて、海の向こうのアメリカでは、アメリカ最大の病院チェーンであるHCAで同じようなことが起こっている。HCAは、先月、ベイン・キャピタル、コールバーグ・クラビス・ロバーツ、メリルリンチなどの投資ファンドと現在のHCA経営陣と創業者であるフリスト一族から構成される投資家グループに身売りすることで合意した。こちらも近日中に上場廃止となる見通しだ。

 HCAは、創業後20年の1988年に非上場化し、4年後の1992年に再上場したという前科がある。この時にも、多額の上場益を獲得した。出資者の構成を見ると今回も2匹目のどじょうを狙ってのことであろうことは間違いない。村上世彰氏は「金儲けは悪いことか」と言い放ったが、その是非はともかく、マネーはマネーの増殖を自己目的化するということは言えそうだ。

 わが国における医療機関の株式会社化も資本の論理という文脈で考えてみなければならない。特区法を使って、横浜に開設された「セルポートクリニック横浜」の例を見てみよう。この開設者は、2002年に設立された株式会社バイオマスターである。わが国初めての株式会社立診療所だ。

 ここで注意しなくてはいけないのは、診療所を営むために新しい会社が設立された訳ではなく、従来ある会社の定款を変更して医療機関の経営が出来るようにしたという極めて安易な方法がとられたということである。逆に言うと、この会社は医療機関の経営以外に定款で定めれば、何でも出来るということになる。医療法人とは大きな違いである。このことが先例とされれば、将来に大きな禍根を残す。

 この(株)バイオマスターの資本金は約3.8億円であるが、株主はオリックスキャピタル、エヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ、東京大学エッジキャピタル、東京中小企業投資育成、三井住友海上キャピタル、三菱UFJキャピタル、明治キャピタル、西京銀行、先端科学技術エンタープライズ、トランスサイエンスなど大半が投資ファンドかベンチャーキャピタルである。

 投資ファンドやベンチャーキャピタルの出資目的は、先に述べたとおり、上場益狙いである。彼らは、3〜5年で投資資金を回収しようとするので、必然的に(株)バイオマスターを3〜5年の間に上場させるというシナリオになる。

 上場するためには売上や利益などの上場基準を満たさなければならない。そのために、(株)バイオマスターが売上と利益の確保に走るのは理の当然である。

 料金表を見ると、それがもっと明らかになる。乳房再建術(片側)140万円、豊胸術300万円、ヒップリフト220万円、シワ取り(1回法)140万円、同(2回法)170万円、カウンセリング1万円と目をむくような値段である。地域医療とは縁のない話だ。メニューを見ただけでは、どこが許可条件たる高度先進医療かと疑われるが、注入した脂肪の残留量の違いに通常の術式との差があるのだそうだ。1泊2日の施術が基本で、手術室2室、4病床というから、フル稼働すると年間約20億円程度の売上にはなるだろう。

 最近の株式取引市場の乱立で上場基準が下がってきており、20億円の売上があれば十分上場できる。上場すれば投資ファンドは上場益を得ることができ、(株)バイオマスターは増資により、新たな資金を手にする。そして次のマネーゲームへと走っていくのである。その構図はライブドアや村上ファンドと変わらない。商品が医療に代っただけである。

 わが国の株式会社立医療機関の目的は金儲けであり、医療は商品の一つに過ぎない。業界紙によると、ある地域医師会の幹部が保険医療をやらないのなら、株式会社立診療所を支援しても良いという趣旨の発言をしたそうであるが、それが本当なら全く的外れである。

 株式会社立医療機関に投資する投資家の目的は上場しかない。投資された側は先に述べたような法外な値段で客を勧誘し、売上を確保して上場する以外に糧道を保つ方法は得られない。まどろっこしい保険診療など端から眼中にない。医の倫理など後回しとなる。しからば、医師会幹部の発言は、上場を支援することと同義である。株式会社立医療機関論の危うさに警鐘をならしてきた者として、いまだに資本の本質が理解されていなかったことに愕然とする思いである。
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