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(掲載日 2006.07.04)
誰のための医療であるのか?
リハビリにおける診療報酬改定を考える
投稿者  整形外科医師 北村 大也
 リハビリ医療が迷走している。この4月の診療報酬改定により一部の疾患を除き、発症から最長180日経過した患者は医療機関でリハビリを受けられなくなった。患者団体や医療関係者からの反発は強く、「リハビリテーション診療報酬改定を考える会」は40万人を超える署名を集め、厚生労働省に請願書を提出した。

 算定日数の上限についてばかりに話題は集まっているが、一番大きな変更は、従来の「療法別」から「疾患別体系」へと枠組みが変わったことである。そもそも、リハビリテーション医療とは「障害を中心に考える」という理念に基づいており、疾患別に枠組みを分けるものではない。なぜ、リハビリテーション医療の理念を無視するかのような変更が行われたのか。

 リハビリテーション医療にはリハビリ医以外にも整形外科医が深く係わっているが、運動器リハビリをめぐる各関連学会間でのやりとりには、利権の絡んだ思惑が見え隠れする。そこに医療を受ける患者(国民)の姿は見えない。

■リハビリの本質とずれた今改定

 今回の改定で、リハ料が「心大血管疾患」「脳血管疾患」「運動器」「呼吸器」と4つの疾患別体系に改められた。算定日数も枠組み別に上限が決まるという。

 しかし、リハビリテーションは、例えば脳梗塞後の片麻痺の患者が骨折を起こした場合、骨折の治療ばかりするものではない。骨折とともに脳梗塞や、年齢、生活環境についても目を向け、術前・術後の安静で低下した身体機能をどのようにして回復させるか、また、その後の社会復帰に向けて家族のサポートの必要性など、あらゆる側面を考慮するものである。

 機能回復にかかる期間も人によって様々だ。算定日数に上限を設けるとなると、それだけで機能回復を図るという目的からは外れたのも同然ではないだろうか。必要な人に必要な医療を提供するという医師と個々の患者の間で決めるべきことを制限する理不尽な決定と思われる。「病気を診ずして病人を診よ」と全人的な医療が叫ばれる中で、なぜ疾患別という枠組みが採用されるのか。今回のリハビリにおける改定はリハビリの本質を理解していないと言わざるを得ない。

■疾患別へと移行する伏線 ― 整形外科医とリハビリ

 整形外科とリハビリの関係は非常に密接である。整形外科にとって骨折の治療は手術で終わりというわけではない。骨折の手術後、骨癒合の状態をみながら関節可動域訓練や筋力トレーニングを行い、社会復帰やスポーツへの復帰を目指す。他の科が疾患の治療にのみ専念していた時代から整形外科医はそういった治療を行っていた。リハビリテーションが学問、診療科として確立してきた現在も、術後の患者をリハビリ医にまかせっきりにすることはなく、むしろ自ら率先してリハビリを行っている。

 整形外科医が自らリハビリを行う一方で、近年の傾向としてリハビリ医は脳血管疾患を含む中枢疾患に重きを置くようになってきていた。そのためある種のすみわけが行われていて、リハビリテーション医療にはリハビリ医とともに整形外科医も深く係わる状況になっている。

 リハビリにかかわる医師の団体としては、リハビリ医の「日本リハビリテーション医学会」、整形外科医の「日本整形外科学会」、「日本臨床整形外科医会」(主に開業医を主体とする)がある。今改定では上記の団体とともに「日本運動器リハビリテーション学会」という団体が深く係っている。あまりなじみのない団体であるが運動器リハビリを行う医師の団体で、以前は「日本理学診療医学会」という名前であった。2004年に現在の「日本運動器リハビリテーション学会」へと名称を変更している。そして、それと期を同じくして疾患別への改定が進められていくわけであるが、今回の改定を見越しての名称変更と考えるのは勘繰りすぎだろうか。

 実際のところどういった経緯で疾患別体系に変更となったか末端の一整形外科医にはうかがい知る由もない。しかし、変更の影で、整形外科側の思惑が働いていた可能性が伺われる。

■今回の改定で3億5千万円を売り上げた学会

 その一端をうかがわせるのが、リハ従事者の研修制度である。研修制度の案内が発表されたのは改定前の2005年10月。研修を行なうのは「日本運動器リハビリテーション学会」だが、発表は、どういうわけか日本整形外科学会の広報室ニュースを通じて流れた。その研修の内容は「今度の診療報酬改定後は運動器リハビリに係わる研修を受けた医師がいなければ、運動器リハビリの施設基準を満たさない」ともとれるもので、必要性を感じた医師はこぞって「日本運動器リハビリテーション学会」が1月から3月にかけて主催した研修を受講した。同学会のホームページによれば1回30,000円の研修会を8,300名が受講したという。

 しかし、ふたを開けてみれば、今回の改定において医師に対する施設基準の条件はそれほど厳しい内容ではなかった。運動器リハビリにおいて、「リハビリテーション料T」をパスするには、「運動器リハビリの経験を有する専任の常勤医師が1名以上勤務していること。なお運動器リハビリの経験を有する医師とは運動器リハビリの経験を3年以上有する医師又は適切な運動器リハビリに係わる研修を修了した医師であることが望ましい」となっている。これは、整形外科医であればまず問題にならない。

 「リハビリテーション料U」についても「専任の常勤医師が1名以上勤務すること」となっている。つまり、整形外科以外の医師でも全く問題ではない。「リハビリテーション料T」と「リハビリテーション料U」、どちらにせよ研修を受ける必要は今のところなかったということだ。

 今回の改定では、整形外科開業医等のもとでリハビリを行う「リハビリ従事者」に対する条件も色々とつくこととなったわけだが、その1つに運動器リハビリテーションセラピスト研修がある。看護師、準看護師、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師でも、この研修を受ければリハビリを行なえるようになるというものだ。しかし、その研修といえば、1日で終わり。受講料は10,000円である。理学療法士や作業療法士と違いリハビリの知識のない人間がわずか1日研修を受けてどれだけの効果があるのだろうか。運動器のリハビリにはたいした知識はいらないと言っているような気がしてならない。この研修への受講者数は3月の時点で10,600名に達している。ここでも主催者は「日本運動器リハビリテーション学会」である。

 同学会はこれらの研修により、3億5,000万円を稼いだ。それほど効果のない研修内容で、それほどの売上を得るとは、いったい何のための研修会なのであろうか。首を傾げざるを得ない。

■患者不在の診療報酬改定

 これに対して抗議文を出したのが、日本リハビリテーション学会である。昨年11月に出した抗議文では、「一団体への利益誘導」になるとして研修制度そのものを非難している。(日本リハビリテーション学会のホームページリハニュース・バックナンバー・臨時号:2005.12.9にて閲覧可能である)。また同学会会長は同リハニュース(2006.4.15)で、今年4月に今回の改定の経緯を説明している。これを読む限り、同学会はどうやら、改定決定については蚊帳の外だったようである。

 では、整形外科医側はどうだったであろうか。運動器リハという領域を立ち上げ、研修会などを行ってはいるものの、急性期加算は廃止され、術後急性期のリハビリ点数は350点から180点まで引き下げられた。算定日数の上限も設定された。除外疾患を考慮すると、整形外科の外来通院患者がリハビリを受けられなくなる公算が一番高い。

 ということは、日本リハビリテーション学会はまったく力を発揮できずに、蚊帳の外に置かれ、整形外科学会は自らの小さな権益にとらわれている間に、医療費抑制を狙う厚生労働省の思惑通りことは進んだということか。ともにリハビリのあり方を考えていかねばならないはずの両学会間の隔たりも露呈した格好だ。

 改定をめぐるやり取りの中で、患者への配慮はなかったようである。理想のリハビリ医療を実現しようとする医師たちの姿も見えない。学会は厚生労働省から意見を尋ねられるだけで何もしない。だから、患者は自分で署名を集めて請願書を出すしかなくなる。これでは学会の立場は全くない。「自分達の学問的興味を満たすだけの学術団体」、「利益誘導団体」ととられても仕方のない話である。

 その分野を担うスペシャリストとして、もう一度医療の原点に立ち返り、医療とは誰のためのものか自分の胸に問いただす必要があるのではないだろうか。
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