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コラム
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(掲載日 2009.04.)

 最初、この原稿を書くにあたって、「臨床研修の見直しは見直せ」というタイトルをつけてみた。しかし、これは見直しではすまない。やはり、一から出直さなければならないと思う。

 今回の見直し案は、都道府県ごとに上限を設けて、それを超えた研修医の募集ができないように制限することで、研修医の偏在を防ごうというものだ。

 上限は、都道府県ごとの人口や面積あたりの医師数、医学部の定員数などを考慮して算出される。なるほど、よく考えられているように見える。

 ここで、考えないといけないことが二つある。@は、なぜ見直しが必要なのか、Aは、臨床研修は何をするものなのかだ。

 臨床研修の見直しは、医師不足の解消が出発点だった。臨床研修が医師不足を顕在化させたというが、それは、大学の医局の医師派遣機能が破壊された結果だ。

 それは、04年度に始まったいまの臨床研修制度で、医師国家試験に合格した医師が、自由に研修先を選ぶことができる仕組みに変えたことが引き金になっている。

 それまでは、医師は、基本的に大学の医局に所属し、多くが出身大学の附属病院で臨床研修をして、その後のキャリアも、医局の指示に従って積んでいった。医局が人事権を握り、ある意味では医学部に入った時点で医局に就職したようなものだった。

 医局は地域医療のバランスと、本人の適正、キャリアパスを考えながら影響力を持つ医療機関に医師を派遣してきた。その中で「地方」の医療を担う人材も提供されてきた。

 ところが、自由に就職先が選べる新・臨床研修制度で、医局に残る医師が激減した。厚労省が公表した研修医の在籍状況で、一番下にある大学病院と臨床研修病院の研修医数の推移を見てほしい。

 新・臨床研修が始まる前の03年度には約6,000人いた大学病院は08年度には約3,600人に減り、臨床研修病院は約2,200人からほぼ倍増して、大学病院を逆転した。

 これでは、大学病院は医師を地域の病院に医師を派遣しきれない。大学病院も守ることができずに、派遣していた医師を次々に引き揚げた結果、地域の医療が崩壊した。単純にいえばこういうことが起きた。

 今回の見直しは、本来、破壊された医師の派遣機能をいかにして回復するかに重点が置かれてしかるべきだが、なぜか、都道府県ごとに上限を設ける方向に進んでしまった。ならば、この上限方式になんらかの根拠があるのだろうか。

 もう一度、研修医の在籍状況で都道府県ごとの推移を見てほしい。東京都は03年度の1,707人から08年度には1338人と369人も減っている。ところが、厚労省が示した東京都の「上限」は1,289人だ。

 まだ、49人も減らさないといけないことになる。同様にして、研修医数が大きく減っている都道府県を拾っていくと、京都(−137人)、福岡(−112人)、大阪(−76人)という順番で減っている。

 これらは、いずれも大都市を抱えている。そして、厚労省の「上限」は、いずれの都府県でもさらに少なく設定されており、今後も研修医を減らされることになる。

 一方、一般的に「地方」と見られる県には増えているところも多い。沖縄(+59人)、岩手(+29人)、香川(+14人)、島根(+7人)、青森(+7人)といった具合だ。

 こうして見ると、都道府県で境界線を引いた時に、新・臨床研修制度は都市部から地方に研修医を移動させたと見ることもできる。

 さらに、5年間に増えた県で、「上限」を上回っているのは神奈川県(+180人)だけ。確かに都市部だが、同様に増えている埼玉県(+96人)の.08年度は214人と、「上限」(429人)の半分しかない。

 都道府県レベルで都市部と地方部の医師の配置を考える意味がないことは自明ではないか。考えるべきは、都道府県内での都市部と地方部の医師の配置であり、臨床研修期間を終えた医師の都道府県境を超えた移動のあり方だ。はっきり言って、見直し策はまったく関係ない施策で、事態を悪化させる可能性が高い。

 その意味で、臨床研修は何をするものかを考える必要がある。言うまでもないことだが、それは新人医師の実地研修だ。

 研修であれば、多くの症例を経験でき、組織的に後輩を教えることができる病院でなければ意味がない。それは、一定規模以上の病院であることが必要条件になるだろう。そして、きちんとした研修プログラムを作っている必要がある。

 上限を設けて、それを超えた都道府県では一律に病院の募集定員を削減するという今回の案では、上限にひっかかる都道府県の病院は、研修生のためによい研修プログラムを作る努力をしないでも、研修生を集めることがたやすくなる。

 一方で、研修生を受け入れる病院には国から補助が出る。病院からすれば、よい研修プログラムを作る努力を十分にしないでも、コストの安い研修生を安定して確保できることになる。

 このような環境で、国が補助金を出す意味のある臨床研修が行われるだろうか。筆者は、一部の病院では怪しいのではないかと心配している。それは、国民が受ける医療の質の低下にもつながる。一般企業の就職活動とは一緒にできないところだ。

 当初、厚労省は、過去3年の最大値を募集できるとしながら、厚労省が示した試算では、08年度の実績をもとに削減人員を計算した。08年が過去3年の最大値だった病院ばかりでないことは明らかなので、削減人員は当然、小さく出る。

 これに対して、愛知県が具体的に試算をして批判をするなど、関係者から強い批判が出た。わかりやすかったのは、研修医として採用が内定していても、医師国家試験で不合格になる学生が約1割いることだった。採用実績をもとに募集していたのでは、上限にひっかかる都道府県の病院は、昨年実績も確保できない可能性が高い。

 この決定的な欠陥を指摘された厚労省は原案を修正して、急遽、前年の採用内定者の数を保証する仕組みを付け加えることを余儀なくされた。

 しかし、これは弥縫策でしかない。募集人員を一律で削る考え方は残っているためだ。この結果、都市部とされる都道府県の病院は、これまでも採用を削減されてきたうえに、さらに減らされる。その中で、研修生の評価が低い病院も、それなりの人員を確保することができる余地が残った。

 悪貨は良貨を駆逐するという。研修制度の見直しといいながら、いかにして研修の質をあげるかよりも、数字合わせに終始したことで、へたをすると病院側の研修内容をよくする努力に水をさす内容になったと見ることもできる。都道府県に枠を設けることで官僚の権限を強化することが目標だと邪推されても仕方があるまい。

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