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コラム
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「インターネット上の誹謗中傷」 平岡 敦
(掲載日 2007.06.19)
 半年ほど前のことになるが、ある医師の方から、以下のような依頼があった。インターネット上のとある掲示板で、自分の経営している医院のことや自分の私生活上の事実が暴露されていて、事実無根の誹謗中傷が書かれている。誰が書いたか突き止めて、掲載の中止と慰謝料の支払を求めてほしい・・・。依頼者が医師の方というのは初めてだが、最近ではよくある依頼の一つである。

■ネット上のリンチ

 皆さんも2ちゃんねるなどの掲示板をご覧になったことがあろうかと思うが、下品な言葉による一方的な人格攻撃のオンパレード、その上、書かれた方が反論などしようものなら、いわゆる「祭り」となってしまい、火に油を注ぐような事態となってしまう。このような一方的なリンチともいうべき言論については、もはや表現の自由の恩恵を与える必要はなく、掲載の差止と賠償という制裁もやむを得ないものと思われるのだが、それを実現するための日本の法制度はお寒い限りというのが現実だ。

■開示と差止への遠く長い道のり

 例えば、この医師の場合、以下のような経過をたどっている。手短に言うと、発言の差止に至るまでには、4つ(!)の仮処分や訴訟を行う必要ある。

(1)掲示板運営者に対する開示請求

 まず、件の記事が掲載された掲示板を運営している会社を探してみると、とある地方都市の小さな会社であった。まず、この会社に対して、発信者の氏名や住所の開示を求めた。

 しかし、この会社では、発信者の氏名や住所などは把握しておらず、発信者がアクセスしてきたときのIPアドレス(インターネットに接続するときの識別番号)しか分からないという。また、それを開示するためには法的手続きを踏んでほしいという。

 そこで、やむなくその会社の本店がある地方裁判所の支部でIPアドレス開示の仮処分を申し立て、現地で裁判官の面接を受けて、50万円を供託して、IPアドレスの開示を受けることができた。

(2)プロバイダーに対する接続記録の保全請求

 開示されたIPアドレスから、このIPアドレスを付与したプロバイダーが分かったので(東京の大手プロバイダーであった)、そのプロバイダーに対して氏名等の開示の請求をした。すると、そのプロバイダーは、氏名と住所は把握しているが、やはり法的手続きを取らないと開示はできないという。

 そこで、やむなく東京地方裁判所に接続記録を消さないでほしいという仮処分を申し立てた。なぜ氏名や住所の開示を求めないかというと、東京地方裁判所の運用では、仮処分で氏名や住所の開示はしないというのである。

 しかし、仮処分ではなく通常訴訟で開示を求めていたのでは、接続記録の保存期間(通常3ヶ月程度)が過ぎてしまうので、とりあえず接続記録を消さないでほしいという請求をしなければならないのである。やむなく東京で保全の仮処分を申し立て、面接を経て10万円を供託して保全の決定を得た。

(3)氏名及び住所開示の訴訟

 やっと、にっくき発信者の氏名及び住所の開示請求訴訟までたどり着いた。しかし、これは通常の訴訟なので、皆さんご存じのとおり、スローペースで訴訟が進み、現在、その訴訟が継続中である。おそらく開示されることになるとは思うのだが、一体いつのことになるのやら。

(4)差止及び損害賠償請求

 上記で開示がなされると、やっと発信者当人に対し、掲載の差止や損害賠償を請求することが可能になる。長い道のりであり、まさに感無量ということになりそうだ。

 しかし、この訴訟も通常の訴訟なので、そのペースは遅い。開示請求に較べると、名誉毀損に当たるかなどを慎重に審理するため、さらに時間がかかるだろう。また、仮に請求が認められたとしても、損害賠償については額が僅少であるのが日本の名誉毀損訴訟の実態だ。100万円も認められればいい方で、だいたいは何十万円というオーダーの賠償額である。

 また、日本の法制度では、弁護士費用などの法的手続きにかかった費用を敗訴者に負担させることはできない。したがって、金銭的には確実に持ち出しになるだろう。

 ■制度の不備

 このような煩瑣で時間とお金のかかる手続を踏んでいる間に、だいたい「祭り」は終わってしまって、今さら差止の必要はあるの?ということになってしまう。

 そうやって時間をかけさせることで、被害者の被害感情を和らげさせ、訴訟の数を減らそうという裁判所の深謀遠慮だとすると、裁判所もたいしたものだが、おそらく裁判所はそれほど狡知に長けてはいない。単に「手続」を重んじているだけだ。

 こんな制度、いずれ使われなくなってしまうだろう。もっとシンプルに、(1)掲示板開設者がIPアドレスを裁判所にだけ開示し、(2)プロバイダーを特定した上で、(1)掲示板開設者、(2)プロバイダーを同じ手続で同時に呼んで面接を行い、開示の相当性を判断すればよいのではないか。(2)プロバイダーが誰か当事者に分かったところで、それで発信者の氏名まで分かるわけではないのだから問題はない。

 仮処分での最終処分的な開示がしにくいというのであれば、供託金の額を上げればよいではないか。供託金を積めない人は、通常訴訟を提起すればよいのである。

 日本の法制度は、至るところでこのような動脈硬化を起こしている。いろいろなところに目配りをするのはいいのだが、それが各機関の「目配りをした」という言い訳に堕していないか。真に救済されるべき事項は何か?を考えているか。

■2ちゃんねる

  最後に付言すると、(1)から(4)の手続きをすべて踏んでも、相手が「2ちゃんねる」の場合は無駄である。「2ちゃんねる」の開設者の西村博之氏は、裁判所で開示決定や損害賠償命令が出ても、死刑にならない限り支払わない、とうそぶいており、現実に判決が出ても開示もしないし、支払もしない。

 このような法を軽視する輩を野放しにしておいて公正な社会と言えるのか? なかなか実際に費用をかけて強制執行まで行う人がいないので難しいのだが、強制執行を行っても奏功しないような場合は、強制執行免脱罪の適用を考えてもよいのではないだろうか。

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