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コラム
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「第一話 若き年金官僚の死(小説『年金の不都合な真実』)」 杉山濫太郎
(掲載日 2007.04.24)
<舞台> アジアのとある国
<設定> 大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。
<主な登場人物>
 ○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
 ○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
 ○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
 ○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
 ○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
 ○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)

 三森数馬は子供の時から算数が大好きで、小学校を卒業するころには高校の数学を解いていた。ストレートでその国の最高学府であるセントラル大学の理学部数学科に進み、保険勤労省に入った。

 保険勤労省は、国の医療や年金の保険、労働政策を担う役所で、保勤省と呼ばれる。数学の才能を見込まれた三森は、その中でも年金局数理調査課に配属された。年金は様々な要素を踏まえて将来推計をするために、大型コンピューターを使いこなすことが求められる。入省2年目の若い三森はそのコンピューター・プログラムと格闘する生活を送っていた。民間でいえばシステム・エンジニアである。忙しい時には何日も徹夜する生活を送ることが当たり前で、三森はそれを楽しんでいるようでもあった。

 その三森の遺体を最初に見つけたのは、三森と同じマンションに住む山下篤志だった。午前2時すぎ、鈍い音に気づいて外を見たところ、倒れている人を見つけた。見るみるうちにアスファルトに血の池が広がった。

 5月15日の夕刊には「年金官僚が自殺」という一段見出しの小さな記事が載った。

 15日午前2時すぎ、セントラル州緑山特別区のマンション前で、同マンションに住む保険勤労省年金局数理調査課の三森数馬さん(23)が頭から血を流して死んでいるのを、同マンションの住民がみつけた。警察が家族から事情を聞いたところ、三森さんは現在見直し作業の佳境にある年金制度の数理計算をするために、連日、保勤省に泊まり込んで働いており、過労状態だった可能性があるという。「もういやだ」と書かれた遺書のようなものが見つかっており、警察は自殺と見ている。

 この記事を見た東都大学経済学部の西山勘助・准教授は驚いた。

 西山は保勤省に批判的な年金制度の専門家として知られ、常日頃から保勤省の制度に疑問を投げかけている。すぐに教え子の一人で、夕刊紙の毎夕新聞の記者をしている島谷涼風の携帯電話を鳴らした。

 「はい、島谷です」

 「おいスズちゃん、夕刊読んだか。数理の三森が自殺したって」

 「急にどうしたんですか。スウリのミツモリってどこの誰ですか」

 「だから、保勤省年金局の数理調査課にいる三森数馬という役人が自殺したらしいというんだ」

 「先生のお知り合いですか?」

 「名刺を交換したことがある程度だ。おれが数理で話をする時に何度か同席したことがある。まじめそうな感じのいい青年だった。熱心にメモしていたから、自殺するなんて信じられない」

 「へえ、じゃあ、他殺の疑いがあるってことですか」

 「そんな推理小説みたいなことを考えるんじゃない。あんなに熱心に仕事をしていたのに残念だと言いたいだけだ」

 「そんな、怒らないでくださいよ。ちょっと興味がわいて来たから取材してみます」


 翌日の毎夕新聞には「100年保証が原因?」という横見だしが踊る「若き年金官僚の死/何が彼を追いつめたのか」と題する次の記事が載った。

 国民の年金不信が高まる中で、若き年金官僚が突然亡くなった。保勤省の数理調査課の三森数馬さん(23)が15日、セントラル州緑山特別区のマンション前の路上に倒れて、頭から血を流して死んでいるのが見つかったのだ。時間は午前2時すぎ。

 発見者のマンション住民は「なかなか寝付けずにいたところ、外でドスンという音がしたので窓を開けてみたところ、頭から血を流して死んでいるのを見つけました。驚いて救急車を呼びました」と話している。

 三森さんは両親と大学生の妹の4人家族。昨年保勤省に入省したばかりで、年金のプログラムの作成にあたっていた。最近は、年金論議が高まる中で、さまざまな試算をするために徹夜が続いており、14日は3日ぶりに家に帰ったという。三森さんの部屋の机には黒マジックで大きく「もういやだ」と書かれたページが開かれたノートが置いてあったという。

 保勤省広報は「連日の国会対応などで忙しい日が続いていたことは確かだが、3日ぶりに家に帰るような仕事をしていたかどうかは確認していない。仕事熱心な職員で、数理調査課の職員も自殺の可能性があると聞いて、驚いている」と説明している。

 年金問題に詳しい東都大学の西山勘助・准教授は「年金は、これから起きることを予想して設計するものなので、数理がすべてといっても過言ではない。その分だけ数理にかかるプレッシャーは大きい。一方で、政府が『100年保証』などと言うので、無理な注文も多かったのだろう。これは保勤省の犯罪だ」と指弾している。

 その晩、保勤省年金局企画課の斎藤誠太郎補佐は久しぶりに立ち寄ったスナック「かず」で悪酔いしていた。

 「勘助の野郎。言いたい放題言いやがって。何が『数理がすべて』だ。おれたち企画課の苦労も知らないで。数理の連中は、単に言われた通りに計算してるだけじゃないか。おれたちは、何にも分かっていないくせに勝手なことばかり言う政治家の間を飛んで歩いて、まとめるのに必死なんだ。そんなことも知らずに、アホ政治家が喜ぶような浅知恵ばかり主張しているかと思ったら、今度はこれかよ」

 「西山勘助なんかに、いちいち腹を立てるつもりはないですけど、こんなことにまでイチャモンをつけてくるなんて、どうかしてますよ。数馬のことで、我々がどれだけつらい思いをしているかなんで、センセイにはわからないんでしょう」

 「いつも言いたい放題いいやがって。絶対に許さないからな。考えるのも不愉快だ。どうしてアスカちゃんはいないんだ」

 アスカは、この店で働いていた学生アルバイトだが、1年以上前に大学を卒業して店をやめている。

 「いやねえ、久しぶりに来ていただいたら、アスカちゃんがいないとこれだもんえね。私もまだ、賞味期限前だと思うんだけど」

 すでに50歳に近いが、見た目は40歳そこそこのスナックのママ、和美がカウンター越しに誠太郎の顔をのぞき込んだ。

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