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「なぜゼロ成長が続いているのか〜国富1,300兆円喪失の背景〜」長谷川公敏
(掲載日 2005.5.2)
 1990年1月4日、大発会の日経平均株価は前年末終値比202円99銭安で終了した。午前中2時間だけの半日立会の割には、やや大きな下げ幅だった。だが、前年12月29日の大納会では38,915円87銭の史上最高値を更新しており、「来年は4万円乗せが確実」という見方が大勢になっていた。このため、当時この大発会の下げは話題にもならなかった。

 しかし、株価は大発会を境に歴史的な下落に転じ、その年の10月には日経平均株価は20,221円86銭とピークのほぼ半値にまで暴落した。湾岸戦争の勃発という世界を揺るがす事件はあったものの、これほどの下落は人々の予想をはるかに超えていた。株式市場関係者は日本の先行きに大きな不安を感じるようになっていた。

 というのは、日経平均株価などの株価指数(以下株価)は、高値から3分の1以上値下がりすると、その後、約10年はその高値を超えられないと言われているからだ。これほどの暴落は、日本経済がその後、長期にわたって低迷することを示唆していた。

 米国でベトナム戦争を契機に株価が低迷、「株式の死」とまでいわれた時のことを例に取ってみよう。NY(ニューヨーク)ダウ工業株30種平均株価は、1966年に995.15ドルのピークをつけた後、1970年に577.60ドルまで3分の1以上値下がりした。その後、1976年まで高値を更新できず、その間の米国経済は低迷し続けたのである。

■一人当たり1,000万円相当の喪失

 株価が高値から3分の1程度値下がりした水準は、言わば株価の「破断界」(注1)である。日本の株価は1990年8月にこの「破断界」を超えた。それから1年遅れの1991年には地価の下落も始まった。

 通常、株価などの資産価格は経済の実態を反映しているといわれる。とりわけ、日々変動する株価は「経済を映す鏡」とまでいわれ、景気のバロメーターとして参考にされる。しかし、価格変動が大きいと、資産価格が経済実態へ影響を及ぼすという逆の現象が表れる。「資産効果、逆資産効果」といわれ、俗に「尻尾が犬を振り回す」という現象だ。

 1990年のピークから日本の株式と土地の資産価値は1,300兆円も減少した。国民1人当りにすると1,000万円以上の国富が、文字どおり消失したのだ。巨額の国富の喪失は、巨大な「逆資産効果」となって経済全体に極めて大きなダメージを与え、タイムラグをもって直接には株式・土地を保有していない国民にも大きな影響を与えた。

 1人当り1,000万円喪失のインパクトは、逆に1人当り1,000万円、一家4人で4,000万円の札束が突然天から降ってきた場合を考えれば、その大きさが実感できるだろう。この大きな資産価値の喪失が国の総需要を抑制した。そして、需要不足が日本経済に大きな需給ギャップを生み、十数年間ほぼゼロ成長という事態をもたらしたのだ。

■「土地ころがし」批判が招いたもの

 なぜ、これほど資産価格が下落したのか、暴落を防ぐことは出来なかったのか――。

 1980年代後半の株価や地価の上昇で一時的に所得格差が広がったことは、国民に不公平感を感じさせるようになっていた。株価が暴落しているにもかかわらず、更なる金融引き締めを続け、「株や土地を半値にしてやる」と豪語した当局者を、国民が「平成の鬼平」と呼んで支持、賞賛したのは、「株価や地価の下落は善」、「下がって困るのはバブルに踊った人達だけ」との見方が根強かったためである。

 更に「土地ころがし」に対する批判の影響で、土地税制は地価抑制的に変えられた。当時、株式市場関係者はこうした政策に度々、警鐘を鳴らしたが、世論にかき消され、資産価格の下落は加速した。

 後年、米国は2000年の「ITバブル崩壊」に際し、どのような対策を打ち出したであろうか。米連邦準備理事会(FRB:日本銀行に相当)のアラン・グリーンスパン議長は、日本におけるバブル崩壊時の金融政策の失敗を教訓にして、2001年以降、大幅な金融緩和を急速(矢継ぎ早)に実行した。NYダウは「破断界」を超えたものの、この金融政策のおかげで、米国の経済危機は回避されたのである。

 経済が成長しなければ、国の社会保障制度は維持できない。次回は経済成長を取り戻すための方策について述べてみたい。

(注1)破断界 -- どんなものにも、ある一定の限度を超えると元に戻らない性質がある。その限界点を「破断界」という。堺屋太一氏の小説の題名にも使われた。
編集部注 長谷川氏は、著名エコノミスト12人の1人として、「エコノミストの仕事術」(生活情報センター刊、著者:小関珠音)の中で紹介されている。

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