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「65歳継続雇用は正しい選択か」金野充博
(掲載日 2005.4.12)

 国民年金保険料の未納・未加入問題で大揺れした昨年の通常国会で、高年齢者雇用安定法改正案が注目されることなく成立した。改正法のうち60歳超雇用の義務化は来年4月から施行される。

 サラリーマンの60歳定年はすでに義務づけられているが、改正法によって各企業は(1)65歳までの定年延長、(2)65歳までの雇用継続(3)定年の撤廃――のいずれかを選択しなければならない。定年延長、定年の撤廃はもちろん、60歳定年制は変えないで定年退職後、雇用継続する場合も「就業希望者全員」が対象となる。

 定年延長にしろ定年の撤廃にしろ、例えば60歳定年を前提にして企業が独自に設けている「役職定年制」の見直しが避けられなくなる。また、人件費の増加を抑えようとすれば若年者を含めた大がかりな給与体系の再編に踏み切らなければならない。このため、企業の大半は60歳定年は変えないでいったん雇用関係を清算し、改めて雇い入れる雇用継続方式を選択することになるだろう。

 改正には2つの背景がある。一つは01年度から始まった厚生年金支給開始年齢の段階的引き上げであり、もう一つが少子化に伴う若年労働力の減少だ。前者による雇用継続は本来、支給されるはずだった年金の減額分を自ら労働力の提供で穴埋めすると見ることもできる。

 企業経営の立場から見ると、年金支給額に相当する費用を労働の提供に対する対価とはいえ、民間に肩代わりさせるという意味合いもある。また、後者は一見もっともらしい理屈だが、若年労働力と高齢労働力の質的な違いや業種によって大きく異なる雇用環境を無視している。

■展望開けぬ「管理職」の処遇

 弊社の事例を参考にして話を進めたい。01年度からスタートした弊社の継続雇用の仕組みは、部次長職以下で定年を迎えた社員を対象に最長3年間(契約は1年単位)、本社および関連会社で就業する、という形で運用している。「部次長職以下」と対象者を限定している点と、最長3年すなわち63歳までの雇用という点が改正法の趣旨に沿わないものの、枠組みとしては一応整っている。

 就業希望者のうち実際に就業できるのは、年度によってバラツキがあるが、8〜9割といったところ。しかし、就業率を100%にするのは不可能に近い。職種によって受け入れ環境が大きく異なるからだ。

 引く手あまたなのは、特殊な技能と経験をもつ校閲記者などごく一部。取材記者は定年後も活躍の場があるように思われるだろうが、「記者クラブ」に頼らず独自の人脈や取材源を駆使して取材できる記者となると多くはない。取材記者の活用は意外に難しい。

 事務職は、OA化や派遣社員の増加で仕事を用意しにくい状況にある。「60歳過ぎのおやじ(おばさん)は使いにくい」、「年寄りより女性の派遣社員の方が仕事もできる。若くて気だてが良くて美人ならなおいい」という本音も聞こえてくる。

 改正法では、現在対象外になっている「部長職以上」の定年退職者も含めた対応が求められるが、管理職をどう処遇するかはもっと頭が痛い。本社や関連会社の役員などに部長職以上の全員がなれるわけではないからだ。そうかといって、組織の新陳代謝を図るためには管理職にとどまってもらうわけにもいかない。そこで、会社として、何らかの仕事を作り出さなければならない。

 すでに65歳までの雇用継続への道筋をつけた企業もあるようだが、人事担当者に聞くと、「ホワイトカラー、とくに管理職をどう処遇するか、展望は開けていない」という。そこで、裏技的に語られているのが、社内の清掃など本人が就業を辞退することを前提に、「これでもよければ雇用継続できますが」と打診するというもの。辞退すれば、「再就職支援金」を出すといった話もある。言葉は悪いが、“手切れ金”で片を付けようというわけだ。

■問題多い人事考課制度

 厚生労働省は「会社が必要と認める者」や「意欲、能力、健康状態を勘案して」など抽象的な要件は不可としている。同省作成のパンフレットを見ると、能力を判断する指標として、人事考課制度の活用を例示しているが、90年代初頭から普及した考課制度は多くの問題点があることを、お役人はご存じないらしい。

 考課制度に対する信頼性が確立されているとは言い難い中で、組合は考課結果を選抜の指標にすることに難色を示すだろう。ハードルを低くすれば組合は受け入れるかもしれないが、会社にも譲れない一線がある。どのあたりで折り合いがつけられるか、道筋は全く見えていないし、選抜要件を明確化した結果、社内の人間関係や空気が悪くなることも懸念される。

 社会全体の雇用へのマイナス面も無視できない。大企業の業務委託の打ち切りに伴う下請け・孫請け企業へのしわ寄せや、派遣、アルバイトなど非正規社員の切り捨てが予想されるからだ。

■懸念される雇用の二極分化

 昨年4月に施行された改正労働者派遣法は、派遣期間を延長するなど企業にとって派遣社員を使いやすい環境を整える一方、派遣社員の正社員化を企業に促すなど二律背反的な側面がある。使用者、労働者のどちらに顔を向けているかは判然としないが、企業が人件費抑制傾向を強めている中で一定の雇用を確保するためには、非正規社員の拡大もやむを得ないという判断があると思われる。

 その意味で、改正高年齢者雇用安定法と改正労働者派遣法は相矛盾し、非正規社員の切り捨てが広がった場合、政府は矛盾をどう説明し、解決しようとするのか。恐らく現時点では何も考えていないだろう。「労働行政の無策」による犠牲者が出ることは避けられそうもない。

 そうなれば、雇用の二極分化が進み、国民の所得格差はますます拡大する。改正高年齢者雇用安定法は社会を荒廃させかねない。

 一方、公務員の60歳超雇用はどうなるのか。いまのところ表立った議論は出ていないように思われるが、「大きな政府」から「小さな政府」への転換や、独立行政法人化への流れなどを考えると、公務員だけが護送船団方式による65歳までの雇用を確保することは「世論」が認めないだろう。役人もさすがにその点には気づいているから沈黙しているのか。65歳までの継続雇用義務化は、「悪法もまた法」と達観していられないほど大きな問題を抱えている。

このコラムに対する意見・感想
1.「定年延長と年金負担」>>
2.「65歳定年と公務員」>>
3.「定年延長と外国人看護師」>>
4.「75才説の根拠」>>
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