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先見創意の会

「医師の働き方改革」実施に向けて

髙山 烈 (弁護士)

1.はじめに

2021年4月1日、「ポストコロナの労働問題」と題して、コロナ収束後を見据えた労働関係法令改正を俯瞰的に紹介した。この間に、「医師の働き方改革」実施に向けた法整備が着々と進み、医師の時間外労働の上限規制が適用される2024年4月1日が間近に迫っている。そこで本稿では、あらためて医師の時間外労働の上限規制について概観し、医療機関が取り組むべき課題について検討したい。

2.医師の時間外労働の上限規制

2019年(中小企業2020年)4月1日から順次施行された「働き方改革関連法」では、時間外労働上限規制や、年5日の有給休暇義務化などが導入された。このうち、時間外労働上限規制は、その上限について、月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)とし、規制違反については刑事罰の対象とされた。

しかし医師については、年5日の有給休暇義務化は除外なく適用される一方で、時間外労働上限規制の適用が5年間猶予されていた。この間、労働法関係法令や医事法制の整備が進み、次の内容で適用されることが確定した。

ア 医療機関で診療に従事する勤務医の時間外労働の上限水準(A水準)
→ 時間外・休日労働の上限が年960時間・月100時間未満(例外あり)
イ 地域医療確保暫定特例水準(B水準・連携B水準)
→ 時間外・休日労働の上限が年1,860時間・月100時間未満(例外あり)
ウ 集中的技能向上水準(C水準)
→ 時間外・休日労働の上限が年1,860時間・月100時間未満(例外あり)

このうちイの地域医療確保暫定特例水準については2035年度末を目標に解消し、その上限を年960時間とすることを目指し、3年ごとに段階的な目標値を設定するとされている。

⑴ 各医療機関の類型
B水準の指定対象となる医療機関を「特定地域医療提供機関」といい、救急医療の提供に係る業務や、居宅等における医療の提供に係る業務その他、地域医療の観点から必須とされる機能を有し、従事する医師の時間外労働が年間960時間を超える必要があると認められるものを指す。

また、連携B水準の指定対象となる医療機関を「連携型特定地域医療提供機関」といい、他の医療機関に医師の派遣を行うことにより、派遣される医師の時間外労働が年間960時間を超える必要があると認められるものを指す。主たる勤務先(連携B水準の指定を受ける医療機関)での時間外労働は年間960時間を超えることができないが、兼業・副業先での労働時間を通算して年間1860時間を上限とすることが認められる。

次に、C1水準の指定対象となる医療機関を「技能向上集中研修機関」といい、臨床研修に係る指定を受ける病院又は専門研修に係る研修を行う病院又は診療所であって、これらの研修を受ける医師が、必要な能力や技能を身につけるためにやむを得ず年間960時間を超える時間外労働が必要となるものを指す。C1水準は、初期・後期研修医が基礎的な技術や能力を習得する際に適用されるものである。

最後に、C2水準の指定対象となる医療機関を「特定高度技能研修機関」といい、厚生労働大臣が公示する特定分野における高度な技能を有する医師を育成するために研修を行う病院又は診療所であって、「技能研修計画」を作成し、その研修を受けることが適当であることについて厚生労働大臣の確認を受けた医師が、高度な技能を身につけるためにやむを得ず年間960時間を超える時間外労働が必要となるものを指す。C2水準は、臨床従事6年目以降の医師が高度技能習得を目指す際に適用されるものである。

⑵ 追加的健康確保措置
医療機関の管理者は、医師の時間外・休日労働が「月100時間未満」の水準を超える前に、睡眠及び疲労の状況を確認し、一定以上の疲労の蓄積が確認された者については月100 時間以上となる前に面接指導を行うことが義務付けられる。

また、BC水準の指定を受けている医療機関は、BC水準の対象となっている医師に対して、以下の連続勤務時間制限と勤務間インターバル規制を遵守する義務があるものとされる(A水準が適用される医師については努力義務とされた)。

具体的には、B水準、連携B水準、C2水準が適用される医師を対象として、次の2種類のルールを遵守する必要がある(C1水準については後述する)。

ア 始業から24時間以内に9時間の連続した休息時間を確保する(15時間の連続勤務時間制限)。
イ 始業から46時間以内に18時間の連続した休息時間を確保する(28時間の連続勤務時間制限)。
上記のうち、アは通常の日勤及び宿日直許可のある宿日直に従事する場合のルールであり、イは宿日直許可のない宿日直に従事する場合のルールである。

なお、上記の義務が課されている場合でも、外来患者や入院患者に関する緊急の業務が発生した場合であって、休憩時間中に対象となる医師を労働させる必要がある場合には労働をさせることができるものとされている。ただし、この場合、労働させた時間に相当する時間の休息(代償休息)を翌月末までのできる限り早期に確保することが求められている。

他方、C1水準が適用される臨床研修医については、医師になったばかりで肉体的・精神的な負荷が大きいと考えられることに配慮して、原則として、始業から24時間以内に9時間の連続した休息時間を確保することとされ、例外的に、臨床研修の必要性から指導医の勤務に合わせた24時間までの連続勤務時間とする必要がある場合、その後に24時間の連続した休息時間を確保する必要がある。

3.医療機関が取り組むべき課題

前項に記載したとおり、医師の時間外労働の上限規制が導入されることから、医療機関においては、医師の労働時間の実態を把握する必要がある。なお、2019年4月施行の改正労働安全衛生法において、医療機関を含む事業者に対し、タイムカードやパソコンの記録等の客観的な方法により労働時間を把握する義務が課されているが、特に医療機関においては、兼業・副業先の労働時間の把握、宿日直の取扱い、自己研鑽と労働の区別の3点について留意する必要がある。

⑴ 兼業・副業先の労働時間の把握
労働基準法において、労働時間に関する規定の適用については事業場を異にする場合においても通算することとされているため、兼業・副業先の労働時間も含めて、時間外・休日労働が上限を下回っている必要がある。そこで、主たる勤務先の医療機関は、医師の自己申告等に基づき兼業・副業先の労働時間を把握し、通算して管理することが求められる。

⑵ 宿日直の取扱い
宿日直について、労働基準監督署長からほとんど労働する必要のない断続的な労働としての許可(宿日直許可)を得ている宿日直業務は労働時間とはみなされないが、許可を得ていないものは労働時間としてカウントしなければならない。そのため、医療機関は、兼業・副業先を含めて労働時間を把握するうえでは、現時点で医師が従事している業務が宿日直許可を得た業務であるか否かを確認する必要がある。

⑶ 自己研鑽と労働の区別
自己研鑽と労働の区別について、2021年7月1日に厚生労働省が発出した通達では、「当該研鑽が、上司の明示・黙示の指示により行われるものである場合には、これが所定労働時間外に行われるものであっても、又は診療等の本来業務との直接の関連性なく行われるものであっても、一般的に労働時間に該当するものである。」とされ、あわせて「自己研鑽」の類型ごとに労働時間に該当するかどうか考える際のポイントや労働時間に該当しない場合の管理のあり方等が示された。医療機関は、通達の内容を踏まえ、自己研鑽と労働の区別を具体的に明示し、医師が的確にそれを申請し、管理者が確認する仕組みを構築することが求められる。

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高山 烈(弁護士)

◇◇高山烈氏の掲載済コラム◇◇
「ポストコロナの労働問題」【2021.4.1掲載】

2022.07.07