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病院が停電したら?

岡部紳一 [アニコム損保 監査役・博士(工学)]

停電の警報

3月21日夜に関東地方、22日に東北地方に停電の警報(電力需要ひっ迫警報)が出された。1週間前の福島沖地震(M7.4)で6基の火力発電所が停止し、気温低下で電力需要が増えて供給を上回り停電する恐れがあった。2018年9月の北海道胆振東部地震(M6.7)後に北海道全域が停電した。地震で被災した主力火力発電所の発電機が次々と停止し、電力の需給バランスが崩れ、広域のブラックアウトとなった。世界に誇るわが国の電力網も地震に対する脆弱性を改めて認識させられた。

停電時の非常電源

さて、病院が停電したら大丈夫だろうか? 手術室は真っ暗になり、人工呼吸器やベッドサイドモニタも止まる?エレベーターが止まり閉じ込められる?病院関係者からは、停電しても自家用発電機が起動して停電しないから大丈夫と説明されるだろう。病院電気設備の安全基準(JIS T1022:2018)では、手術室、ICUなどや人工心肺装置、人工呼吸器、人工透析治療装置やベッドサイドモニタは、無停電非常電源(UPS)に接続しなければならない。このUPS(バッテリー)は、停電後に自家用発電機が起動するまで中断なく電気を供給する。UPSは10分以上、自家用発電機は10時間以上の連続稼働が可能でなければならない。大災害も想定して3日分の燃料を備蓄し、さらに追加できるように外部業者に手配しておくことも推奨されている。平常時は稼働していないこれら非常電源が、万一の事態に正常に稼働するのであろうかとの心配は残る。

病院のBCP作成状況

東日本大震災の10日後には、厚労省医政局長から、“災害時の医療体制の充実強化に関する通知”が出され、広域災害に対応できる災害拠点病院をネットワークの中心とした体制の強化が示されている。医療機関の災害対策マニュアルを作成し、業務継続計画の作成に努めることが求められ、翌2012年には、「BCPの考え方に基づいた病院災害対応計画作成の手引き」が公表された。2017年には、災害拠点病院の指定要件に「業務継続計画(BCP)の整備を行っていること」が追加された。

続く2018年は幾つもの自然災害に見舞われた年であった。まず、6月に大阪北部地震(M6.1)が発生し、9月に台風21号が上陸し、同月に北海道胆振東部地震が発生した。病院が長期にわたり停電や断水が生じ医療業務が大きな影響を受け、翌10月に厚労省が全ての病院に対してBCP策定状況を調査している。BCP策定率を見ると、災害拠点病院(736)で71.2%、災害拠点病院などを除く病院では20.1%と大きな開きがある。翌年の調査では、災害拠点病院の策定率は100%に改善と報告されているが、BCP未作成のためと思われる災害指定の返上(予定)病院が一つあると注記されている。“返上”とは、当局とのやり取りをうかがわせる。

やっぱり、自家用発電機トラブル?

2018年6月大阪北部地震が発生し、被災した国立循環器病研究センターが自家用発電装置のトラブルがあったと新聞各社が報道している。屋上の水タンクが破損して停電し、非常用自家発電機は作動したが、送電装置に不具合があり電気を供給できなかった。人工呼吸器や人工心臓が必要な入院患者70人のうち、一部の患者と乳児が搬送された。自家発電機が稼働するまで、非常用バッテリーを使用し使い切る前に停電は解消された。

同センターは、「心臓病と脳卒中の両者を対象とした世界でも稀有な最先端の大規模医療・研究施設です。病院は特定機能病院 」(同HPから)であるが、自家発電機の年1回の法定検査は少なくとも5年以上怠っていた。この検査は、停電させて自家用発電機の負荷運転する必要があるので、1日24時間医療業務を継続しなければならない病院側には、停電を伴う負荷運転に抵抗感があったとも報道されている。このような事情を消防庁も考慮し、負荷運転に変えて内部観察も可とする変更がなされている。

2021/3/9付産経新聞を一部抜粋すると、「昨年5月末時点の大阪市消防局のまとめでは、負荷運転が義務づけられた自家発電機を持つ市内128病院のうち、68病院がいずれの点検も実施していなかった。(中略)『災害拠点病院』での未点検はなかったが、同病院と協力し、患者を率先して受け入れる『災害医療協力病院』での漏れが目立つ結果となった。」半数以上が実施していないのは、心配である。
 

停電とBCP

最後に、停電をBCPの観点から考えてみたい。BCPは災害や事故などで業務が中断・阻害された事態において、重要な業務を優先的に迅速に再開させる取組みである。一般企業は中断した優先業務を再開させることに注力するが、広域自然災害が発生すると、地域住民が多数負傷し、病院に担ぎ込まれる急患が急増する。したがって、病院は、平常時の医療業務だけでなく、災害時に急増する急患にも対応しなければならない。

2004年の中越地震で被災・停電した病院に私がインタビューさせていただいた印象深い事例がある。中越地震で被災した小千谷総合病院(当時287床)である。防災、災害対策では積極な取組みを実施していた地域中核病院である。同病院が公表している記録(※注1)から、停電に関連する箇所のみを、以下に一部抜粋する。

中越地震は、震度6強をはじめ、2時間の間に11回の地震が連続して発生し、8階建の建物に大きな亀裂が入った。停電になり自家用発電機(水冷式、重油)が作動したが、冷却水が断たれ、約40分後に停止した。屋上にある高架水槽が大きく変位し、水冷装置の給水管が破損したため。冷却水タンクは500ℓあるが、一時間に1200ℓ消費する。(タンクには20分の冷却水。)職員による懸命の冷却水のバケツリレーで1時間後に自家発電を再開でき、翌日東北電力の電源車が到着するまで続けられた。

人工呼吸器を装着した患者3人には、看護師が蘇生バックを手もみして継続したが、停電と断水で治療が継続できないため、透析患者含め合計83人が搬送された。

病院は3色の電源コンセントがあり、非常用電源の無停電電源(UPS)が緑、自家用発電機が赤、電力会社からの通常の電源は白と決められている。すべての装置が無停電電源に接続されているわけではない。このケースが示すように、停電対策の非常用電源(自家用発電機やUPS)があっても安心とは言えない。自家用発電機が起動しない、または装置のバッテリーがなくなってしまったという事態にもドクター、看護師が、電気技師に頼らないで、ただちに状況を理解して必要な対応がとれるだろうか?

事業継続は組織の能力

BCPのJIS規格(※注2)があるが、そのなかで事業継続とは、事業継続できる組織の能力であると定義している。いかなる原因であれ病院の業務が中断した場合に、それを迅速に再開させ継続させる病院の能力を確立することがBCPの目的である。BCPを作成し、訓練しても、組織の能力として獲得できなければまだ道半ばである。そのためには、トップが率先して、この目的に取り組み姿勢を有言実行(コミットメント)で示し、組織全員が積極的に関わることができるような働きかけと組織の一体化が不可欠である。中越地震は、東日本大震災より7年前であるが、小千谷総合病院の記録に災害の教訓として5項目が列挙されている。

紙面の制約ですべて紹介できないが、4項目目に、
「4.予測できたこと、トレーニングしたことには対応できる(できる限り多くの予測をため、マニュアル作りと訓練を行う必要がある)」

これは、業務中断に対応できる組織の能力の確立を目指すことを明確に表現している。まずは、どのぐらい事業継続の能力があるか、自己評価から始めてみてはいかがでしょうか。

【参考文献】
(※注1)「新潟県中越大地震 小千谷総合病院の記録(地震直後の状況と復旧の経緯)」(小千谷総合病院 編集)
(※注2)JIS Q 22301:2020 (ISO 22301:2019) セキュリティ及びレジリエンス− 事業継続マネジメントシステム−要求事項(日本規格協会グループ)

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岡部 紳一[アニコム損保 監査役・博士(工学)]

◇◇岡部紳一氏の掲載済コラム◇◇
◆「かぼちゃと慰謝の相場」【2021.11.4掲載】
◆「社長と組織にリスクが見えているか」【2021.8.31掲載】
◆「国境を超えると値段が違うか」【2021.6.3掲載】
◆「レジリエンス、組織の心、人の心」【2021.3.2掲載】

2022.05.06