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先見創意の会

喫煙歴40年のバカが、禁煙できた理由

滝田 周 [(株)東京法規出版 保健事業企画編集2部 編集長]

墓に布団は着せられず…

人生で紫煙をくゆらせた最初は17歳の時、賄い付き下宿の四畳半だった。

高校生で下宿住まいだったのは、地方の、そのまた地方の出身で県都の学校に通うためだったが、そこで酒、たばこを覚えてしまった。両親は泉下の人となって久しいが、遅まきながら謝りたい。お父さん、お母さん。バカな息子ですみませんでした。バカなりに星霜を重ね、御年57歳。これでもだいぶバカが治ってきたように思います。でも、墓に布団は着せられないです。残念です。

閑話休題。秋の一日、下宿に遊びに来た友人が、おもむろにセブンスター(いわゆるブンタ、ですね)を取り出し吸い始めた。その慣れた手つきに、ムダな対抗心が湧き上がった(若さのエネルギーの大半はムダに消費される)。当たり前のように差し出された1本を当たり前のように受け取り、ライターを借りて火をつけ、煙を吸い込んだ……と、次の刹那、天井がぐるぐる回り始めた。噂どおりだ。本当に回りやがった。でも動揺を悟られないよう必死で踏ん張り、「やっぱりうめえな、ブンタは」と言ってみせた。何が「やっぱり」だ、初めてのくせに。死ぬほど恥ずかしい。

実際には、うまいとは感じず、かといってまずくもなかった。ぐるぐる回りはしたが、その後は気持ち悪くもならなかった。むせもしなかった。感受性が鈍いのか、たばこというものがカラダに合っていたのか、その両方か。とにかくその後もたまに吸うようになり、気がつけば、「たばこ吸うと、なんか落ち着くよなぁ」となって、たばこが手放せなくなっていた。立派なニコチン依存症である。

以来40年、たばこを吸い続けた。だいたい1日1箱を、晴れの日も雨の日も風の日も風邪の日も。禁煙に挑戦したこともあったが2週間が限度、やがてあきらめた。仕事で、たばこ病とも呼ばれるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の啓発記事もたくさん書いたが、たばこのおかげで原稿がはかどった、と信じていた。「さはさりながら、自分に限っては禁煙はムリ。自分にはたばこが絶対必要」。専門医に取材したり資料を読んだり原稿を書いたりしながらこのバカは、心の中でいつもそう呟いていた。

「俺は卑しい」「もうたばこ、止めよう」

こんなタチの悪い、年季の入ったバカが、今年4月8日をもって禁煙した。

きっかけは新型コロナだった。この日、熱が下がらず、夕刻、会社近くの発熱外来を受診。PCR検査を受け、結果は翌日ということになった。結果、電話で陽性を告げられ療養生活に入るのだが、この間、頭の中を占めていたのは、たばこのことばかりだった。療養中、たばこを吸わずにいられるか?/こっそり外出して、どこかで吸うしかないな/ホテル療養だと監視が厳しいから、自宅療養のほうがいいか/そういえば、ホテルから療養者が逃げ出したというニュースがあったな/いや、ホテルでも体をひねって小さく開いた窓から煙を吐き出せば、イケるんじゃないの?/まさか荷物検査とかしないだろうな……

なんだコイツ! 突然、怒りが湧いた。自分に対する怒りだ。いい年こいて、たばこの心配ばかりしている自分に、心底あきれた。そして「俺は卑しい」と思った。そこまでしてたばこ吸いたいか? それまでも、これに似た感情を抱いたことはあった。血眼で喫煙所を探し回ったり、たばこが切れて買いに出るのも億劫でシケモクを吸ったりしたときだ。しかし、その比ではない激しさだった。理由はわからない。とにかくこの日はそうだったのだ。「俺は卑しい」。

「もうたばこ、止めよう」。続けて、静かに、そう思った。減煙じゃなくて禁煙。喫煙所を見つけ、「人生最後の一本」を取り出し、火をつけ、深く深く吸い込み、吐き出した。特別な味はしなかった。むしろマズかった。最後なのに。でも、それでいい。たばこにも自分にも、4月にしては冷たすぎる夕方の空気にも、「とにかく・すべてに・ことごとく」ウンザリした。ホント、もう止めよう。

おっさんだけの喫煙ルーム、たばこがストレスを招く

伏線はあった。たばこをうまいと思う瞬間が減っていた。長年吸いすぎて刺激に飽きてきた気がする。非科学的だが、それが実感だ。ヘンな咳も出るし、痰が絡むことも多く、さすがにそろそろ禁煙しないといけないか、と思ってはいたのだ。

たばこを吸える場所もどんどん減ってきたが、喫茶店の喫煙ルーム、使っているのは自分を含めおっさんだけというシチュエーションも、堪えた。喫煙者のメインは、バブル世代前後から上の世代だ。喫煙マナーが悪いのも、この世代。たばこには関係ないが、いまだに電車で夕刊紙を読んでいる世代でもある。たばこ、ヤニ臭いスーツ、網棚に打ち捨てられた夕刊紙。すべてがおっさん臭い。すべてから疲れが滲み出ている。そして私ももはや確実に、「そっちの側」にいる。たばこを吸うことで、いちいちそんなことまで認識させられてしまう。度重なるたばこの値上げももちろん響いた。Suicaのチャージが、あっという間になくなる。570円まで値上がりした銘柄から450円の銘柄に切り替えたが、そのいじましさに自分で泣けた。ストレスを減らすはずのたばこが、あちこちでストレスを招く。「とにかく・すべてに・ことごとく」ウンザリしたのには、こんな伏線もあったように思う。

療養は結局、自宅となったが、なんとか禁煙を続けた。日に日に気候が良くなる時節だけに、蟄居生活は予想を遥かに超えメンタル的に厳しかった。発熱や倦怠感に苦しんだほうが、まだマシだったが、なにせ感受性が鈍いから、カラダのほうは憎らしいほどに平気だった。一本吸ったら一瞬でも楽になるだろうなと何度も思ったが、こらえた。偉い。

蟄居中、「読むだけで絶対にやめられる」という惹句を見て、アレン・カーの『禁煙セラピー』をKindleでダウンロードした。斯界の名著らしいが、確かに予想してたよりは、ずっと読ませる内容だった。その書評を交えつつ、自らの禁煙体験を語った斉藤紳士というお笑い芸人のYouTube動画も面白かった。アレン・カーも斉藤紳士も元ヘビースモーカーで、たばこを止められない自分の「卑しさ」をイヤになるほど認識し、また、それを的確に表現、脚色する筆力や喋りの力があるから、読ませる、聞かせる話になったのだろう。

人生万事塞翁が馬

10月に入り、禁煙も半年が過ぎた。途中、酒席も経験したが、大丈夫だった。実はいまでも、たばこが欲しい瞬間はある。ただ、直截に「吸いたい」というものから、「今、たばこを吸ったら、うまいだろうな」という風に、ワンクッション置いた感じに変化してきた。

なんでこんなに続いているのか。

「俺は卑しい」と激しく思えたことが、一番大きかったと思う。たとえば臆病には、やむを得ず、あえてそうなることもある。狡さもそうだ。あえて戦略的に狡くなることはあり得る。しかし卑しさには、そういうエクスキューズが一切ない。戦略的に卑しくなるということはあり得ず、卑しい人は、文字どおりただ卑しいだけだ。だから卑しい人間にだけはなりたくない、と思いませんか? 体をひねって、ホテルの窓の小さな隙間から煙を吐こうとしてまで、たばこを吸いたがる卑しさ。中学生並みに荷物検査まで心配してしまうほどに、たばこを吸いたがる卑しさ。コロナに罹患しなければ、わからなかった。わかっていても直視しようとしなかった。人生万事塞翁が馬です。

医療関係者や行政の方々は、「バカ」だの「卑しい」だの、口が裂けても言えないでしょう。その代わりとして、市井のバカが禁煙できた理由を縷々述べてみました。有難うございました。

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滝田 周 [(株)東京法規出版 保健事業企画編集2部 編集長]

◇◇滝田周氏の掲載済コラム◇◇
「不正競争防止法と医療」【2021.12.2掲載】
「『良い人』たちをおだて、気持ちよく働いてもらいらい」【2021.3.4掲載】

2022.10.11