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先見創意の会

最低賃金改定

楢原多計志 (福祉ジャーナリスト)

先進国最低水準は変わらず

2022年度の時給最低賃金(最賃)が10月から都道府県ごとに改定される。引き上げ額は平均31円で過去最大だが、物価上昇が実質賃金を上回る状況下、労働団体などは「引き上げとは言い難い」(連合役員)と不満を隠さない。そもそも先進国の集まりであるOECD(経済協力機構、38カ国加盟)の中で日本の平均賃金と最賃の水準は最低ランク。賃金制度そのものを見直さなければ、「最賃最低ランク国」の汚名は返上されないだろう。

労使とも不満
22年改定の焦点は2つ。安倍晋三政権から岸田文雄政権に引き継がれた「最賃1000円台の実現」と、大都市圏を除く地方自治体が強く要望していた「地域差の縮小」だ。
ところが、ロシアのウクライナ侵攻の影響もあり、エネルギーや食糧などの輸入価格が上がる一方、為替変動(円安ドル高)によって物価をさらに押し上げる事態に。このため最賃の「目安」を設定する中央最低賃金審議会(厚労相の諮問機関)では物価上昇への早急な対応が最大の争点となった。

しかし、労使間の対立が激化し、中立の公益委員が水面下で労使間の妥協点を探る異例の展開となった。

労働者委員は、岸田政権が1000円台実現を政策に加えていることに加え、「モノやサービスの値上がりに賃金の伸びが追い付かない状況が続き、労働者の生計維持には大幅な引き上げが避けられない」と前年改定(28円引き上げ、平均930円)を上回る引き上げを要求。

これに対し、経営者委員は「原材料価格も上昇し、とりわけ中小企業はコスト増を製品価格に転嫁できず、最賃の大幅な引き上げは経営に打撃を与える」と反論。審議は膠着状態に陥った。

公益委員による調整の結果、8月1日、ようやく31円引き上げ、平均961円(全国加重平均)とすることが決まった。1000円台は東京1072円、神奈川1071円、そして新たに大阪1023円が1000円台に乗ったものの、全国平均1000円台の実現は今回も先送りされた。

一方、地域差は平均2円縮小したが、最高の東京都1072円と最低の青森や沖縄など10県の853円とでは、219円もの差がある。大都市圏以外の自治体から「最賃の高い大都市への流出に歯止めがかからない」との不満と不安が消えていない(総務省職員)。外国人技能実習生が賃金の高い都会へ無断転出し、不法滞在・不法就労の大きな要因にもなっているともいう。

OECD最下位グループ
日本は賃金そのものが国際的に低い水準にある。OECDの2020年平均賃金額(年額)をみると、米国6万9391ドル、ドイツ5万3745ドル、英国4万7147ドル、フランス4万5581ドル、韓国4万1960ドル。日本は3万8515ドルでギリシャやスペインなどとともに最下位グループに入っている。

経済成長期、日本は賃金水準で英国やフランスなどと肩を並べていたが、経済の長期低迷が続き、ここ20年間、実質賃金がほとんど上がっていない。「最低賃金でも日本は韓国に抜かれている」との指摘もある。

財務省が9月1日に公表した21年度の法人企業統計によると、企業が内部留保総額は516兆4750億円で初めて500兆円台に達し、10年連続して過去最高を更新。経常利益も83兆9247億円で過去最高を記録した。

また同月6日に厚労省が発表した毎月勤労統計調査(7月分速報値)によると、賞与が増えたこともあり、給与総額(現金給与総額)は前年同月より1.8%増えた。だが、消費者物価指数3.1%の方が給与総額伸び率を上回っており、単純比較だが、購買力を示す実質賃金が1.3%目減りした格好だ。

今後も物価上昇が続けば、最賃引き上げの効果はますます薄まる。企業の収益や保有資産などもベースにして賃金の在り方を根本的に見直さなければ、就労者の購買力がますます衰え、経済成長は望めなくなるだろう。それにしても岸田首相がぶち上げている「新しい資本主義」の話はどうなったのか。

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楢原多計志(福祉ジャーナリスト)

◇◇楢原多計志氏の掲載済コラム◇◇
◆「改めて「かかりつけ医ってなんだ?」【2022.6.14掲載】
◆「増収増益というが」【2022.3.1掲載】
◆「『幽霊病床』のレッテル」【2021.10.26掲載】
◆「離職の隠れた要因ハラスメント」【2021.7.6掲載】

☞それ以前のコラムはこちらからご覧ください。

2022.10.04