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先見創意の会

新型コロナ対策に欠かせない ソフト/ハード・ローを区分する視点

横倉義武 第19代日本医師会会長

昨年1月から現在に至るまで、新型コロナウイルス感染症に世界中が脅かされている。

人類は、度重なるパンデミックを引き起こす感染症に見舞われてきたので、わが国では、感染防止の目的で感染症対応の法律が制定されている。まず1897(明治30)年に伝染病予防法が定められ、感染症の蔓延防止に重点を置いてきた。その後、多くの感染症が個別に予防・治療が可能になってきたことや感染症の世界的な知見に鑑みて、1999(平成11)年に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」、いわゆる感染症法が制定された。それぞれの感染症の感染力や症状の重篤性等による分類が定められ、治療にあたって必要な対応を行うこととなった。

医学は、日進月歩の進歩性・革新性が特徴といわれ、法学は、過去の判例や文献を参考とする訓詁学的であると指摘される。感染症法では、新しい感染症をどの区分に該当させるか、医学と法学の連携のもとで法の実効が決められてきた。

今回の新型コロナウイルス感染症は、当初2類相当の指定感染症と位置付けられた。その後新型インフルエンザ等感染症と同様な指定感染症として外出自粛要請、入院勧告、就業制限、無症状者への適用などができる分類にされている。新型インフルエンザ等対策特別措置法は2012(平成24)年に、免疫未獲得の新型インフルエンザの流行を想定して立法化され、今回の新型コロナウイルス感染症に準用された。

しかし、ウイルスの性質の違いから派生した課題があり、その部分の見直しが想定されている。広範囲に急速な感染拡大が生じる新型コロナの実態把握には、現行の感染症法では十分でない点があり、見直しが行われるのは当然だ。

例えば、疾病の把握・診断・治療に当たって応招義務のような概念的な縛りがある。概念を具現化するに当たって、法による整備が医療を行う上で大きな力になる。

同時に医療は、個々の人間に行われる行為であるので、個人の尊厳の尊重や個人情報の秘匿など、人権の尊重と、感染症に罹患した個人の私権の制限がどこまで許されるか、など検討すべき課題が多い。

医療は病いを負った患者に対して、医師が診察・治療をし、症状の改善に向けて行うものである。個人的な関係が非常に強いもので、医師と患者が深い信頼関係で結ばれることが不可欠の条件となる。

一方で感染症からの社会防衛という視点が必要だ。従って、医療にかかる法律の制定には、個人的な繋がりが強い医療上の人権尊重と社会防衛とのバランスを常に考えていかなければならない。医師と患者の関係には、これまでも生命倫理,医療倫理などで、様々な角度から論じてこられ、現実に医療現場で実践されたり、法制化されたりしている。

今回の新型コロナウイルス感染症を時間的経過で見てみると、感染抑制のための社会や家庭でのルールや知見がわかってきた。しかし、その遵守を医療者が強調しても、コミュニティや個人に浸透しにくいという場合がある。

医療の実践のためには、様々な法律が規定されている。しかし法律を遵守していれば、しっかりした医師・患者間の信頼関係が構築されるかといえば、現実の医療現場ではそうとは言えない。逆に悪くする場合もある。英国やフランスなどのように罰則をつけた法律で規制を強めようとする方向が出てきている。状況はわからないがそのような国でも、現場の医師の危機感は相当深いのではないかと思われる。 

医師・患者関係を規律するものは、医師法、医療法など様々な法令や通達があるが、その他にも専門団体や学会が自律的な規範やガイドラインがある。

近時、ハード・ロー、ソフト・ローという議論がある。ハード・ローとは国として定める法律等法律的拘束力のあるものである。法的拘束力を持たない自立的規範がソフト・ローである。

規律すべき事例の必要性、重要性や影響力を吟味してハード・ロー、ソフト・ローを適切に使い分けるべきであるという考え方である。

今回の感染症法等の改定議論の中においても、罰則を付けた法律で規定すべきものと、ガイドライン等で協力を得るものと、区別して考える必要があると考える。

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横倉義武(第19代日本医師会会長)

2021.01.28